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地球の裏側で進行する地域統合の大きな流れ 南米12カ国が、相互の旅行における旅券(パスポート)の所持を不要とすることを決定した。 これは、チリの首都サンティアゴで行われた南米共同体の第3回外相会議において合意されたものであり、各国の国民が域内の他国に旅行目的で移動する場合、パスポートもビザも必要なく、自国の身分証明書だけで90日間滞在できるようになるというもの。 ここで該当する南米12カ国とは、コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、パラグアイ、チリ、ベネズエラ、ガイアナ、スリナム、ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチンの各国であり、つまり仏領ギアナを除いて南米大陸の全ての国が含まれる。 アメリカのCNNやイギリスのBBCが伝えるところによると、この件に関し、チリのアレハンドロ・フォックスレイ外相は「従来の相違を取り除くための、我々の努力の1歩である」と語り、ブラジルのセルソ・アモリン外相は「地域統合は必然である。ブロック化が進む世界においては、統合したほうがより強くなるからだ」として、南米統合の動きの1つであることを明確に示唆している。 ちなみに日本でこのニュースを伝えたのは、私がネット検索した限りでは、なぜか朝日と赤旗だけであった。 南米における地域統合は近年大きく進んでいる。アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル、パラグアイ、ベネズエラの5カ国が加盟する南米南部共同市場(通称メルコスール)、および、ペルー、ボリビア、エクアドル、コロンビアの4カ国が加盟するアンデス共同体が、従来南米における多国間の経済共同体として機能していたが、2004年12月、ペルーで開かれた第3回南米諸国首脳会議で採択されたクスコ宣言にて、将来的な両者の統合を想定した形で、南米共同体が成立した。
【地元民は自由に行き来している(?)ペルー・ボリビア国境】
余談になるが、昨年の愛知万博ではアンデス共同館(当時はベネズエラがこちらに加盟)が、今年の世界旅行博ではメルコスール観光局が出展していたので、記憶にある方も多いかもしれない。 南米共同体の規模は、面積が約1800万平方キロメートル、人口が3億6000万人、GDPの合計は1兆2000億ドル。GDPで見ると東南アジア諸国連合(アセアン)を上回る程度であるが、これが大陸まるまる1つの統合体であることを考えれば、その域内で人の動きが自由化されるということは、非常に大きな意味のある決定だといえる。 パスポートやビザの発行というのは、国際社会における外交権限を示すものであり、この取り扱いを不要にするというのは、多国間共同体の中において主権を一部放棄することと同義である。世界中でこれと同様以上の統合を実現している地域といえば、欧州しかない。 (念のために言えば、ヨーロッパにおける出入国の自由化は、シェンゲン協定に従っている。イギリスやアイルランドは未加入であり、スイスやノルウェーなどは批准しており、EU加盟国とは必ずしも一致しない) 南米各国はラテンアメリカとも称されるように、言語はスペイン語ないしポルトガル語、宗教はキリスト教カトリックが有力である。インカ帝国の公用語とされたケチュア語など先住民の伝統も残っているが、世界の他地域に比べると文化的な共通基盤が強く、統合はしやすい一面がある。国境を越えて旅行をしても言葉の壁にぶつかるということがなく、今回の決定は南米域内の人の流れに大きな加速となるだろう。 一方で南米は治安が悪く、経済格差が激しい大陸である。アルゼンチンやチリに住む白人の豊かさに対し、ペルーやボリビアに多く暮らす先住民は貧しく、目に見えてその差は露骨である。観光の自由化は、一方で貧しい人々が豊かさを求めて出稼ぎに出るという流れも生むのではないだろうか。 ベネズエラのウゴ・チャベス大統領やボリビアのエボ・モラレス大統領(彼は同国初の先住民出身大統領でもある)のように、南米には反米的な態度をとる左派政権が相次いで誕生している。複雑な歴史や民族対立、麻薬組織等の問題を乗り越えるのは容易ではないが、アメリカと距離を置きつつ、石油や天然ガスなど豊富なエネルギー資源を有する南米大陸の地域統合は、世界の勢力図に少なからず影響を与えるに違いない。 (2006年12月08日掲載)
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