チャリダー養成講座/第二回 なぜ自転車なのか
なぜ自転車なのか。なぜ自転車で旅をするのか?
世界一周旅行の途中、幾度となく問われた質問があります。
ときには街道沿いの茶屋で出会った地元のおじさんから、ときには安宿で一緒になった同じように小汚い恰好の旅行者から、同じことを繰り返し訊かれました。
「なぜ自転車なのか」
バスや列車のほうが楽じゃないか。自転車が壊れることもあるし、危険なこともあるだろうし、第一疲れるじゃないか、というわけです。
改まってそう問われてみると、なかなか答えるのが難しい質問でした。
「自転車が好きだから」
「学生時代にも自転車旅行をしていたから」
「普通の旅行では訪れることのできない田舎の村を訪れることができるから」
そのときそのときで、私は違う回答を返していました。相手によって回答を返ることもありました。
「なぜ自転車なのか」
自分自身に問い掛けることもありました。
【南アフリカ/ボツワナから国境を越えて入国】
自転車はつらいです。大変です。
「俺は百万ドルもらってもそんなことはやりたくないね」
私にそう言い放ったガーナ人がいました。
ほかに何もない砂漠で、ぎらぎらの太陽に焦がされて、汗だくで、一人自転車をこいでいる。手持ちの水はあとわずか。喉が無性に乾いている。飲みたい。飲み干したい。しかし、次の町までまだしばらくあるから、貴重な水は温存しておく必要がある。そんな状況下で、なんだってこんな無茶なことを始めてしまったのだろうと思ったことは、何度もありました。
普通の旅にすればよかったな。そう思ったこともあります。
自転車では一週間かかる道のりも、夜行バスなら一晩で済みます。日程に余裕ができれば、そのぶんより多くの観光地に足を伸ばすことができます。自転車がなければ、荷物も必然的に少なく、身軽になります。実際、自転車旅行を選んだからこそ、距離的に離れているという理由で、訪れることを諦めた場所は少なくありません。
【パキスタン/世界の頂きカラコルムハイウェイ】
しかし!
地球の大きさ。
人間の弱さ。
自転車でなければ決して味わうことのできなかったもの。
たくさんあります。
チャリダーが十人いれば、きっとそれぞれに自転車を選んだ理由は違うでしょう。自転車を選んでよかったと思う理由も違うかもしれません。
普通の旅行者では絶対に知り得ないその土地の姿に、チャリダーなら出会うことができます。豪雨や強風、酷暑や極寒、あまりにも偉大な自然の猛威を、真正面から体験することができます。観光客など誰も訪れない田舎の村落で、宿泊することもあります。外国人など今までに見たこともないような子供たちが、くりんくりんの目で興味深げに見つめてきます。
「どこから来たの?」
地平線を目指す一本の道。
自分だけの一本の道が世界地図の上に刻まれていきます。
融通性の高さも自転車の魅力です。
バイクでは無理ですが、自転車なら列車やバスに積み込んで移動してしまうこともできます。故障してしまった場合の修理も比較的簡単です。国境を越える場合に特別な書類も必要ありませんし、飛行機にだって載せられます。
チャリダーとライダーが比較されることはよくありますが、自転車にはバイクにない旅の利点がたくさんあります。
意外と機動力もあるのが自転車です。徒歩と比べれば三倍から五倍の行動半径があります。一日一〇〇キロがおおよその目安ですが、地形条件や天候に恵まれれば一日一五〇キロをこぎ進むこともできます。丸一日走れば、たいていの場合は次の町に辿り着くことができます。
歩いて旅をするトホダーは正直凄いと思います。自転車の旅も、一般のバックパッカーからは驚嘆の目で見られますが、トホダーの困難さは圧倒的でしょう。
遅すぎず、速すぎず、景色を眺めるのに最適の速度は自転車であるともいわれています。
【アラスカ/アラスカハイウェイの峠で出会ったトホダー】
自転車で走っていると、よく声をかけられます。
「どこまで行くんだい?」
なによりこの広い地球を、自分の力だけで進んでいく魅力。
自転車で行こう。