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自転車世界一周の旅/第122話 ヒマラヤに生きる、トレッキングルートの村々


 カトマンズからポカラへは二日の道のりだった。ポカラは湖のほとりに開けた観光地。ただのんびりとする旅人も多いが、登山の基地としても賑わう町だった。僕はナベくんと再会し、彼と一緒にアンナプルナへのトレッキングに出かけることにした。ヒマラヤの入山許可証を取得したり、登山靴をレンタルしたりして、準備を進めた。

 ネパール王国
(Kingdom of Nepal)

ネパール/トレッキングルート上の集落
【ネパール/トレッキングルート上の集落】

 アンナプルナは標高八〇九一メートル。世界第十位の高峰である。僕たちが目指すのは、一般旅行者でも訪れることができるベースキャンプまで。とはいえ富士山よりも高い四一三〇メートルの標高がある。ポカラから往復で所要九日間が目安とされていた。

 二月九日、トレッキング開始。フェディという集落までバスで行き、そこから歩き始めた。しばらくは急な斜面の登りが続くが、地元の人々にとっては生活路。途中の村ではおじさんが携帯電話で話をしており、僕らをいささかがっかりさせた。

ネパール/吊り橋
【ネパール/吊り橋】

 右手には山の斜面、左手には深い渓流、遥か前方にちらちらと見え隠れする白い山嶺。段々畑が広がり、素朴な小屋が建ち、学校に通う子供たちがはしゃいでいた。山岳国家ネパールならではの風景が続いた。

 一方で、外国人を狙った強盗事件がたびたび発生していると言われるトレッキングルート、のどかで平和な世界に思えるが、いくばくかの緊張も背負いながら、僕たちは歩いた。

 登山道の途中にはいくつもの集落があった。集落には宿もあり、食堂もある。売店もあった。だからヒマラヤトレッキングにおいては、大装備は特に必要はない。その日の食糧と水さえ持っていれば、途中でなんでも手に入れることができた。

ネパール/トレッキングルート上の集落
【ネパール/トレッキングルート上の集落】

ネパール/トルカの宿
【ネパール/トルカの宿】

 初日の夜、トルカという集落で泊まった宿のおばちゃんは、英語が達者でとても饒舌だった。しかも政府がどうとか、マオイストがどうとかなど、政治的な話題を口にしたので、僕らはとても驚かされた。

「この前、停戦が合意されたでしょう。でもねえ……」

 そのおばちゃん、しばらく快調にまくしたてたあと、不意に悪戯っ子の目つきになって、乾燥した草の束を奥から運んできた。それは大量のガンジャで、山盛りで五十ルピー(約九十円)というとんでもない安さだった。

ネパール/地元の子供たち
【ネパール/地元の子供たち】

 途中ジヌーという集落から川べりに降りていったところには温泉があった。ややぬるめだが気持ちのいい露天だった。地元民とおぼしきおじいちゃんが先客で湯に浸かっていた。曇ってきてぽつぽつ小雨も舞ってきたが、その日の宿をすでに決めていた僕とナベくんは、気にせずぬぼーっと温泉の悦楽を楽しんだ。

ネパール/ジヌー温泉
【ネパール/ジヌー温泉】

*   *   *

 三日目、V字状の谷に沿って広がるチョムロンで検問を済ませ、ついに人々の生活圏からはずれるというその端に、シヌワという小集落があった。ナベくんが足を痛めてしまったため、僕たちはここで二泊、休養をとることにした。

ネパール/チョムロンの検問所
【ネパール/チョムロンの検問所】

ネパール/シヌワのシェルパロッジ
【ネパール/シヌワのシェルパロッジ】

 シヌワのシェルパロッジには、若干十九歳の管理人ギャニと、料理人のサンタという二人組がいた。怠け者でひょうきんで遊び人のギャニと、真面目でちょっと内気なサンタはいいコンビだった。

 僕はポカラでウイスキーを買ってきていた。宿泊客は少なく、退屈といえば退屈なシヌワ。ほかにすることもない僕たちは、酒を呑み、煙を吹かし、しがない一日をなんとも退廃的に過ごした。ギャニはウイスキーもなんでも喜んで口にしたが、真面目なサンタはいらないと言った。それでも一杯勧めると、「デンジャラス」と言ってふらふらになった。それを見て僕たちは大声で笑った。

ネパール/シヌワのシェルパロッジ
【ネパール/シヌワのシェルパロッジ】

 ギャニとサンタはグルン族あるいはモーグル族という山岳民族の出身であり、日本人とも非常に顔立ちが似ていた。それぞれ固有の母語があり、ふと数字の呼び方を尋ねてみると、これまた日本語と似ていた。

「ギゥリ、ニ、ソーン、ビゥリー、ンガ、ドゥオ、ウィー、エレ、グゥ、ジウ」

「テャ、ニ、ソン、シー、ンゴ、ルァ、ヌィー、ィエット、グゥ、ジウ」

 それぞれグルン語とモーグル語のイチからジュウまでである。一方で十一は「エガラ」、十五は「パンドラ」、これはヒンドゥ語とほぼそっくりだった。

ネパール/シヌワのシェルパロッジ
【ネパール/シヌワのシェルパロッジ】

 ヒンドゥ語、ネパール語から、西へ向かって、パキスタンのウルドゥ語やイランのペルシア語までは、数字の呼び方が似ていた。日本語の数字は、漢字の音読みを介して、中国語、韓国語と似ている。そのヒンドゥ系の計数法と、中国系の計数法が、ちょうど入り混じった境界線が、このヒマラヤ山域にあるということなのだろう。

 その発見が、僕にはとても愉快だった。ひょっとしたら彼らとは、どこか遠くで血がつながっているのではないか、そんなことを考えてしまうのだ。

ネパール/ロッジの管理人とすれ違う
【ネパール/ロッジの管理人とすれ違う】

出発から27906キロ(40000キロまで、あと12094キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先
15000
05 26 トルコ 旅立ち1周年 南アフリカから飛行機にて入国
07 20 アジア全走行を目指し、55日ぶりにイスタンブール発
08 10 イラン マクー~マルカンラル間
20000
10 19 パキスタン ワガ国境を越えて、インド入国
25000
25 デリー到着
11 03 プシュカル先
26000
09 ムンバイ行きの夜行列車で自転車が壊される
12 03 スリランカ 飛行機にて入国(コロンボ)
19 インド 飛行機にて再入国(チェンナイ)
2003 01 01 バラナシにて年越し
04 ブッダガヤに到着
16 ナーランダ付近
27000
21 ネパール 自転車にて入国(ビールガンジ)
24 カトマンズ到着

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