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自転車世界一周の旅/第102話 平和のメッセンジャー、パンジャブの平原を駆ける


 アムリトサルを発った僕とムハンマドは、首都デリーを目指した。ムハンマドは自転車をこぐ速度こそ速かったが、突然何もない林の中で停まって休みたがったり、午後の休憩で昼寝を始めたりして、ペースは遅かった。

 インド
(India)

インド/デリーへ向かう道
【インド/デリーへ向かう道】

 その夜、ガソリンスタンドに立ち寄った僕らは、従業員のガウラヴに招かれ、彼の部屋に泊めてもらうことになった。小ぎれいな造りの家で、彼はそこの一室に間借りしていた。

「僕はヒンドゥ教徒だよ」

 アムリトサルを中心としたパンジャブ州はシーク教徒が多いが、ガウラヴは別の地方の出身だった。多民族国家インドでは州によって言葉も文字も異なるが、彼の母語はヒンドゥ語であり、パンジャブ州のパンジャビー語は分からないのだと言った。

「『アッサラームアレイクム』を知っているか?」

 ムハンマドが尋ねた。

「ムスリムの言葉で『こんにちは』だろ」

 ガウラヴが肯定すると、ムハンマドは嬉しそうだった。その夜、やはり僕は早めに寝たのだが、ムハンマドはどうやら遅くまでガウラヴとテレビを見ていたらしく、翌朝かなり眠そうだった。

インド/ジャランダールという町にて
【インド/ジャランダールという町にて】

 ムハンマドと一緒に走る毎日は、楽しくもあり、大変でもあった。彼はムスリムであり、自分がアラブであることに誇りを持っていた。メッカに巡礼を果たしたこともあると話していた。アラブの国々にも多くのユダヤ教徒が住んでいて仲良く暮らしているんだと言ったり、自分は平和のメッセンジャーとしてこの旅を続けているんだと言った。

 欧米人、そして日本や韓国など東アジアの旅行者は多いが、イスラム圏出身の旅行者はほとんどいない。自分がその代表として、ムスリムの立場を世界に発信しなければいけない、ムハンマドはそんな使命感を抱いているようだった。

 一方で彼は、酒好きであり、女好きでもあった。アルジェリアの首都アルジェには多くのバーがあり、飲みに行くことも多いと話した。この旅の目的は、一つは平和のメッセンジャーとしての役割を果たすことだが、もう一つは世界中の女の子と仲良くなることなんだ、なんてことも言ってのけた。かと思えば突然真顔になって、こんな質問をしてくることもあった。

「なあシュウ。普通の男はそんなことばかり考えてはいないものなのかな。女と見ればやりたいと思う僕はおかしいのかな」

「どうだろうな。そんなこともないんじゃない」

 苦笑いをしながら僕は答えた。ムハンマドはたびたび自分の英語を下手だと言った。ときおり分からない語彙があって、僕に尋ねてくることもあった。しかし、会話のやりとりは僕よりずっと上手で流暢だと思えた。きっと臆せず会話に乗り出すからだろう。彼の無鉄砲なまでの積極性が、僕には少し羨ましくも思えた。

インド/走行途中にちょっと一服
【インド/走行途中にちょっと一服】

 そんなムハンマドと言い争ったのは、とある昼下がり、シーク教の寺院を見つけ、そこで休憩したときのことだった。アムリトサルの黄金寺院と同様に、ここでも無料の食事が振る舞われており、ムハンマドがその匂いを嗅ぎつけたのだ。あっけにとられていた僕をよそに、彼は平然と寺院の人と談笑し、食堂の末席に座していた。(どうだい、ただ飯だぜ)とでも言いたげに、僕に笑顔をよこした。

 食事が終わって、さて出発と思いきや、彼は別室で眠り始めた。仕方なく三十分ほど待ったが、いっこうに起きてくる気配がない。さすがに僕は憤然として文句を言った。

 するとムハンマドは悲しそうな顔で言った。

「僕もシュウに譲っている部分はあるし、シュウも僕に譲っている部分がある。お互い旅のスタイルが違うのだから、そうしなくちゃいけない。でも、どうしても難しいなら、明日から別々に行こう。とりあえず今は四時まで寝かせてくれないか」

 そんなふうに言われると僕も強気にはなれなかったが、それでもきっちり四時までは寝かせてくれと主張するのが、彼らしいところでもあった。

 その夜、僕らは街道沿いのリゾート施設で泊めてもらうことになった。ホテルとレストランを兼ねたその施設には緑の芝生が広がっていたが、ムハンマドがその敷地に寝かせてもらおうと言ったのだ。彼が小柄な支配人と交渉した。

 彼は、自分や僕がどういう旅をしているのかを語り、イラクの地元紙に取材されたらしい新聞記事の切り抜きなどを見せ、そして承諾を取った。しかも、庭での野宿でよかったのだが、支配人は無料できれいなツインの部屋を提供してくれた。それどころか、「私の奢りだ」と言って、ビールや料理を部屋に運んでくれた。期せずして小さな宴会になった。

(どうだい、うまくいったろ)

 グラスを手にしながら、ムハンマドはまた、得意気な表情を僕によこしてみせた。

インド/道路沿いのリゾートにて
【インド/道路沿いのリゾートにて】

出発から25229キロ(40000キロまで、あと14771キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先
15000
05 09 南アフリカ 最南端アグラス岬到達
26 トルコ 旅立ち1周年 飛行機にて入国(イスタンブール)
07 20 アジア全走行を目指し、55日ぶりにイスタンブール発
08 09 イラン 自転車にて入国(マクー)
10 マクー~マルカンラル間
20000
19 アーベイェク市内
21000
19 テヘラン到着
09 06 ヤズド~メフリーズ間
22000
16 パキスタン 自転車にて入国(クイ・タフタン)
17 クイ・タフタン先
23000
27 デラ・アラー・ヤル付近
24000
10 07 ラホール到着
19 ワガ国境
25000
19 インド 自転車にて入国(アムリトサル)

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