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自転車世界一周の旅/第101話 交錯する宗教、シーク教聖地アムリトサル


 十月十九日、僕はラホールを出た。同行者がいた。アルジェリア人チャリダーのムハンマドである。

 ムハンマドは鼻が高く、髭も生やさず、僕は旧宗主国であるフランス系の生まれかと思ったが、そうではなかった。ベルベル人だと彼は答えた。アルジェリアからここまで、ひたすら陸路で来たのだと言った。リビアも、そしてイラクも。

 パキスタン・イスラム共和国
(Islamic Republic of Pakistan)
 インド
(India)

インド/インド入国、デリーまで490キロ
【インド/インド入国、デリーまで490キロ】

「問題はなかったのか」

「あるわけないだろ」

 僕らは互いの旅について語らいながら、デリーへと続く道、通称GTロードに乗った。対立するインドとパキスタンは広い国境線を有しているが、開放されているのはただ一ヶ所、ワガと呼ばれる地点だけだった。そのワガ国境。通行人は他になく、閑散としていた。警備の兵士が暇そうに立ち、それぞれの国旗が風にはためいていた。

「写真撮ってもいいですか」

 僕は兵士に尋ねた。兵士はいいよと答えた。

「なに! 写真撮ってもいいのか?」

 ムハンマドが驚いたように叫んだ。

「シュウ、お前はいつも国境で写真を撮っているのか?」

「うん。たいがい大丈夫だよ」

 僕はのんきに答えた。ムハンマドは本当にびっくりしていた。彼にとって、国境で記念写真などという概念は夢にも存在しえなかったらしく、これまで撮らずにきたことを強く悔しがっていた。

インド/ワガ国境、パキスタンからインドへ
【インド/ワガ国境、パキスタンからインドへ】

 インド入国。パキスタン側もインド側も、州の名前は同じパンジャブ州。真っ平らな緑の平原も、バスやリキシャの行き交う光景も同じ。ミルクチャイを飲み、香辛料たっぷりのカレーを食べるという食事も同じ。しかし、バイクや自転車にまたがった女性のいること、豚が道端を歩いていたこと、そして看板の文字がアラビア文字からヒンディ文字に変わったことが、パキスタンとは明らかに違った。

「シュウ見ろよ、豚だ、豚!」

 豚を忌み嫌うムスリムであるはずのムハンマドが、なぜか豚を見つけて狂喜していた。

インド/印パ国境、閉門の儀式
【インド/印パ国境、閉門の儀式】

 昼間は閑散としたワガ国境だが、実は夕暮れ時に大変盛り上がる。それは国境の門を閉じる閉門の儀式だった。僕とムハンマドは、いったんアムリトサルに到着したあと、その儀式を見るために、バスに乗ってワガを再び訪れた。

「バーラト!(インドの自称)」

「パ・キ・ス・ターン!」

 熱のこもった掛け声に、振り回される大小の国旗。国境を挟んで両側に観覧席があり、応援団が陣取っていた。さながら何かの国際試合のようである。そんな大勢の観客に見守られながら、両国の兵士が踵を揃えて行進し、ポールに掲げられた国旗を収納する。

 近所の学校から動員されたのだろうか、僕たちの向かい側には子供たちの一団が陣取り、兵士たちの一挙手一投足に声援を送っていた。まさに愛国心のぶつかり合いのような儀式だったが、犬猿の仲で知られる両国も実はとても仲がいいのではないかと、そう思えてしまう一幕だった。

インド/イギリスによる虐殺の場、ジャリアーンワーラー庭園
【インド/イギリスによる虐殺の場、ジャリアーンワーラー庭園】

*   *   *

 そしてシーク教聖地アムリトサル。町の中心に総本山の黄金寺院があり、異教徒の外国人旅行者であっても泊まれる巡礼宿があった。大広間の食堂では、二十四時間いつでも無料で食事が振る舞われていた。

 巡礼宿の宿泊者は、なんとも国際色に溢れていた。僕ら日本人、アルジェリア人のほか、イスラエル人の男、チリ人の女、オーストラリア人の男という具合。「みんな大陸も宗教もバラバラなのね」と、チリ人のマカレナが楽しそうに笑った。その中でアルジェリア人とイスラエル人という取り合わせは、野次馬的興味を引く。

「そもそもアラブもユダヤもいとこみたいなものさ。顔立ちも文化も似ているんだ」

 ムハンマドはそう熱っぽく語っていたが、イスラエル男は返答に困っているようだった。

インド/アムリトサル、黄金寺院
【インド/アムリトサル、黄金寺院】

 僕らは連れ立って参拝に出かけた。黄金寺院は、名のとおりきらびやかな金色の寺院で、周囲を池に囲まれていた。シーク教はイスラムとヒンドゥが融合したような宗教。唯一神を信仰し、肉食を許し、偶像崇拝を禁じるところはイスラム、沐浴により身を清め、両の掌を合わせて祈る作法はヒンドゥに似ていた。また、男性は決まってターバン姿。これは髪や髭を一切切ってはならないという宗教上の慣わしで、伸ばした髪をターバンで巻きつけているのだ。

「あなたは当然シークでしょ。また違う宗教ね」

 案内してくれたおじさんに、嬉々としてマカレナが話しかけていた。

インド/黄金寺院の食堂
【インド/黄金寺院の食堂】

 その夜、僕はさっさと寝てしまったのだが、ムハンマドとイスラエル男は、どうやらマカレナを巡ってけんかになったようだった。

「彼女はとてもキュートだったのに、あいつが邪魔しやがったんだ」

 明くる日、ムハンマドは僕に文句を言った。

「彼ってずいぶん変わっているわよね」

 一方でマカレナは、ムハンマドを評して僕にそう囁いた。

インド/アムリトサル、黄金寺院
【インド/アムリトサル、黄金寺院】

出発から25034キロ(40000キロまで、あと14966キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先
15000
05 09 南アフリカ 最南端アグラス岬到達
26 トルコ 旅立ち1周年 飛行機にて入国(イスタンブール)
07 20 アジア全走行を目指し、55日ぶりにイスタンブール発
08 09 イラン 自転車にて入国(マクー)
10 マクー~マルカンラル間
20000
19 アーベイェク市内
21000
19 テヘラン到着
09 06 ヤズド~メフリーズ間
22000
16 パキスタン 自転車にて入国(クイ・タフタン)
17 クイ・タフタン先
23000
27 デラ・アラー・ヤル付近
24000
10 07 ラホール到着
19 ワガ国境
25000
19 インド 自転車にて入国(アムリトサル)

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