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自転車世界一周の旅/第92話 悪ガキ団と一触即発、アジア横断路の最難関へ


 ヤズドから、イラン東部の拠点都市ケルマーンを経て、遺跡の町バムを目指す。東へ向かうにつれ、シャルワールカミースを着た男性をたまに見かけるようになった。上下一対のだぶだぶとしたその服は、パキスタンやアフガニスタンの人々がよく着ているといわれる衣装だった。

「アフガニー?」

 日本人とアフガン人は顔立ちが似ているのか、汗水垂らして自転車をこいでいると、真顔でそう問われることがあった。

 イラン・イスラム共和国
(Islamic Republic of Iran)

イラン/イラン東部、道路標識
【イラン/イラン東部、道路標識】

イラン/ケルマン中心部
【イラン/ケルマン中心部】

 ある晩、小さな集落で僕はテントを張った。街道沿いにモスクがあり、併設されるようにして売店と休憩所があった。売店から少し離れたところにトイレがあった。寝る前に用を足そうとする僕のあとを十代後半とおぼしき少年たちがついてきた。少し遠巻きにしながらけらけら笑っているのが気になった。

 不安的中。用を済ませた僕に、早速彼らがからんできた。言葉は通じないから何を言っているのか具体的には分からない。しかし、僕を取り囲んだ彼らの感情が好意なのか、敵意なのかということは、容易に感じとることができた。

「なんだよ!」

 僕は日本語で怒鳴った。周囲は薄暗く、売店の明かりがある場所までは、数十メートルの距離があった。

 悪ガキどもは五人。うち一人が鎖を手に持ち、振り回し始めた。別の一人がその辺に落ちているレンガを拾い、投げつけるマネをした。

 イラン人は自らを優秀な白人アーリア人種とみなし、相対的に他人種を差別する傾向があった。とりわけ隣国アフガニスタン人のことを、難民や麻薬犯罪という悪印象も手伝って蔑視している。髭面で汚い恰好をした日本人旅行者は、やもするとアフガニスタン人に間違えられ、嘲笑されるだけならともかく、ひどければ暴行を受ける可能性もあると聞いていた。

「どっか行けよ、お前ら!」

 虚勢を張って大声を出しながらも、僕は早足になった。ともかく必死で売店の明かりの下まで逃げた。しばしそこで悪ガキたちと睨み合った。大人たちが仲裁に入ってくれ、やっと息をつくことができた。

イラン/イラン東部の砂漠地帯
【イラン/イラン東部の砂漠地帯】

 そして、意外なことに彼らの態度が一変した。僕がアフガン人ではなく、日本人であると知ったからだろうか。突然友好的な素振りになった。

「俺は空手をやっているんだ。こいつは柔道だ」

 悪ガキの中でボス的存在だった少年が、自分と、隣の少年を指差して言った。

「あっそう」

 僕はケンカが再燃しない程度に素っ気なく答えた。

「仲直りしようぜ」

 ボスはそう言わんばかりに手を差し出し、僕の手を握りしめてきた。僕は作り笑いを返した。

 ここで素直に笑顔で抱き合いでもすれば、美しき国際友情が芽生えるのかもしれなかった。しかし僕はそこまでお人好しの善人ではなかった。たとえ数分の短い時間であったとはいえ、彼らによって身の危険すら感じたのだ。

「うちに遊びに来いよ」

 彼らは僕を誘ったが、僕は断った。さっさと眠りたかった。

イラン/イラン東部の小さな集落
【イラン/イラン東部の小さな集落】

*   *   *

 そしてバム。巨大な城塞都市アルゲバムの遺跡が旅行者に人気の田舎町。しかし僕にとってのバムは、もう一つ大きな地理的意味をもっていた。

 西アジアの地図を広げてみると、その意味が分かる。イラン東部からパキスタン西部にかけては、広大なバロチスタン砂漠が広がっている。バムはその西端に位置し、パキスタン西部の主要都市クエッタまでの距離が、およそ千キロ。途中に町がないわけではないが、通常のバス旅行者の間でさえ、とにかく苛酷、地獄であると、恐れられるほどの区間だった。

イラン/アルゲ・バム遺跡
【イラン/アルゲ・バム遺跡】

「バロチスタン本当に行くのか。やめとけ、死ぬぞ」

 イスタンブールで二度会ったチャリダー仲間のヤマグチくんが、脅しとも忠告ともとれるメールをくれていた。

「とにかく幸運を祈るよ」

 同部屋のフランス人も、信じられないという表情で、ただただ首をすくめた。

 しかし情報ノートを開くと、過去にバロチスタンに挑んだ先人たちの書き込みがあった。手書きの地図に距離表示が刻まれ、途中にあるオアシス村落の名前が記され、売店の有無や水の入手情報が書かれていた。

《僕は六月に挑んだが、気温は五十度を超えていました》

《出発してすぐ、タイヤがバーストした。さすがに唖然とした》

《途中で挫折し、車に乗せてもらっちゃいました》

《辛かった。でも、砂嵐や熱風と戦いながら、ひたすら地平線を目指す日々は最高でした。クエッタに着いたらゆっくり休んで下さい》

イラン/アルゲ・バム遺跡
【イラン/アルゲ・バム遺跡】

 先人チャリダーの熱き台詞が、僕を奮い立たせた。

 もちろん僕は自転車で走るつもりだった。イスタンブールからここまで、全て走ってきた。ここから先も全て一本の轍でつなぐ。迷いはなかった。

イラン/バムの宿にて
【イラン/バムの宿にて】

出発から22557キロ(40000キロまで、あと17443キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 01 20 エジプト 船にて入国(ヌエバ)
03 15 ケニア 赤道通過
04 10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先
15000
21 ボツワナ ディノクエ~ディベテ間
16000
05 01 南アフリカ ブリッツタウン~ビクトリアウエスト間
17000
09 最南端アグラス岬到達
12 ケープタウン手前
18000
26 トルコ 旅立ち1周年 飛行機にて入国(イスタンブール)
07 20 アジア全走行を目指し、55日ぶりにイスタンブール発
28 アクダーマデニ先
19000
08 09 イラン 自転車にて入国(マクー)
10 マクー~マルカンラル間
20000
19 アーベイェク市内
21000
19 テヘラン到着
09 06 ヤズド~メフリーズ間
22000

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