自転車世界一周の旅/第83話 アナトリア高原~伝統のトルコ風呂体験記
【トルコ/アンカラから東へ】
現代トルコの首都アンカラ、鉄器を生んだヒッタイトの遺跡ボアズカレを経由し、僕はアナトリア高原の中央部、スィワスに到着した。人口およそ三十万、郊外には真新しい高層住宅が並ぶ意外と大きな町であった。
トルコ共和国 (Republic of Turkey) |
【トルコ/ボアズカレ遺跡】
【トルコ/ボアズカレ遺跡】
【トルコ/ヤズルカヤ遺跡】
セルジューク朝やイル・ハン国の支配を受けたスィワスには、中世の神学校やモスクがいくつか残されている。褐色と青色が入り混じった格子模様の武骨な外観は、どことなく雄大な高原の景色を想起させた。ミナレットの形状も野太く、近世オスマントルコの首都として栄えたイスタンブールのモスクとは、趣を異にした。
【トルコ/スィワス、チフテ・ミナーレ神学校】
スィワスに二泊した僕は、バルクル・カプルジャという近郊の温泉を訪れた。バルクルは魚という意味で、バルクル・カプルジャは、魚が棲んでいる温泉として有名だった。
四角四面の温水プールで、水着着用、男女は別である。日本人的な温泉情緒は望むべくもないが、ぬるい湯の中でプールの縁につかまりじっとしていると、まもなく足をつっついてくるヤツがいた。これがバルクルである。
体調数センチの小ささだが、思った以上の大群で、足ばかり狙って何度も体当たりしてきてけっこう痛い。たまに背中にくるヤツもいたがこれはくすぐったい。この魚温泉は皮膚病に効くことで知られ、湯治客らしいおじいちゃんが多かった。と同時に観光地化もしていて、子供連れでやかましく賑わってもいた。
【トルコ/バルクル・カプルジャの魚たち】
【トルコ/バルクル・カプルジャ温泉】
スィワスを抜けると、景色はより山がちになり、町と町の間隔も広くなった。町がないと困るのは食料の補給である。途中の集落で店の所在を尋ねたところ、「ヨク(ない)」と言われ、しばし途方にくれたことがあった。
アフリカでも四、五十キロ補給ができないことはざらであった。まだ感覚が鈍っているぞと、僕は自分に喝を入れた。
【トルコ/ドゥアンケントという町の公園】
【トルコ/街道沿いのガソリンスタンド】
二千メートル級の峠越えが連続し、青空高く太陽が照りつけた。トラックが油でもこぼしていったのか、はたまたアスファルトが融けていたのか、路面にタールが点々としている箇所があり、タイヤに粘りついて走りにくかった。
それでも宿泊には困らなかった。街道沿いのガソリンスタンドに泊めてもらうか、公園を見つけてテントを張るか、あるいはたいていの町であれば安宿が見つかった。
【トルコ/街道沿いでであった少年たち】
【トルコ/テルジャンという町、結婚式の食事】
テルジャンという町で泊まった夜、僕は宿のおやじさんに「ついて来い」と誘われた。何の用だか分からずについて行くと、小さな町の中心にある広い食堂に案内された。多くの人で賑わい、楽器の演奏隊がいて、鳴り物が響いていた。金属製のお皿に盛られた食事を、周囲に倣って僕も受け取った。
事情が分からぬまま、おやじさんに促されて頬張る僕だったが、スーツ姿の男性がみなに祝福されている姿を見かけるに至り、どうやら結婚式なのだと理解ができた。しかし新婦らしき女性の姿はない。質問をしようにも、おやじさんはさっぱり英語が通じない。
「朝、今晩、エルズィンジャン」
辛うじて聞き取れたトルコ語から察するに、新婦はこの日の午前中に僕が通過したエルズィンジャンという町の出身で、今こっちに向かっているのだ。そういう嫁入りの風習なのだろうと、僕は勝手に納得した。
【トルコ/アナトリア高原の道】
【トルコ/アナトリア高原の道】
翌日はエルズルムへ。高度二千メートルの高所に位置し、冬はマイナス二十度にもなるというトルコ東部の中心都市である。
西から来た旅行者は、チャドル姿の女性の多さや、人々の田舎っぽさにアジアを感じるというが、大学があるせいか垢抜けた服装の若者が目立ち、宿の近所には大型スーパーもあった。近郊にはスキーリゾートもあり、言われているほど、西部との格差は感じなかった。
【トルコ/エルズルムのヤクティエ神学校】
僕はこのエルズルムでハマムを訪れた。トルコ伝統の蒸し風呂である。更衣室が個室になっており、そこに荷物を置き、裸になって用意されているタオルを腰に巻く。三百二十五万トルコリラで、あかすりは別料金だ。
中に入っていくと、思った以上に大勢の客がいた。僕と同じくらいの若者の姿も、ちらほらと見受けられた。全体がサウナなので湯船はないが、水の出る洗い場が壁際に並び、思い思いの場所に腰を下ろし、石鹸で身体を洗うことができた。
見知らぬ人たちが裸で並び、湯煙に包まれながら身体を洗っているという光景は、日本の銭湯を彷彿とさせる懐かしい雰囲気があった。トルコと日本は、言葉の文法が似ているなどの文化的な類似があるが、風呂好きな国民性というのは、さらに大きな共通点であるように思えた。
イスタンブールには観光客向けに英語や日本語も通じるハマムがある。二ヶ月近くも沈没していて一度も行かなかったが、この地方都市で、庶民的な銭湯のようなハマムを体験できてずっと良かったと、おびただしい量の垢をこすり出しながら、僕は一人ごちた。
【トルコ/神学校の内部】
出発から19583キロ(40000キロまで、あと20417キロ)
年 | 月 | 日 | 国 | できごと | 距離 |
2001 | 05 | 26 | アメリカ | 旅立ち 空路アラスカへ | |
08 | 05 | メキシコ | トゥーラ手前 | 5000 |
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09 | 04 | グアテマラ | 強盗事件発生 自転車を失う | 6940 |
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10 | 04 | イタリア | パナマから大西洋を越え、飛行機にて入国(ローマ) | ||
11 | 11 | トルコ | イスタンブール手前 | 10000 |
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2002 | 01 | 01 | イラク | バグダッドにて年越し | |
20 | エジプト | 船にて入国(ヌエバ) | |||
03 | 15 | ケニア | 赤道通過 | ||
04 | 10 | ジンバブエ | ビクトリアフォールズ先 | 15000 |
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21 | ボツワナ | ディノクエ~ディベテ間 | 16000 |
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25 | 南アフリカ | 自転車にて入国(マフィケン) | |||
05 | 01 | ブリッツタウン~ビクトリアウエスト間 | 17000 |
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09 | 最南端アグラス岬到達 | ||||
12 | ケープタウン手前 | 18000 |
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25 | 南アフリカ出国 空路トルコへ | ||||
26 | トルコ | 旅立ち1周年 飛行機にて入国(イスタンブール) | |||
07 | 20 | アジア全走行を目指し、55日ぶりにイスタンブール発 | |||
28 | アクダーマデニ先 | 19000 |