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自転車世界一周の旅/第78話 アフリカ帰り、マラリアを発症した旅の友


 六月五日、ナイロビで一緒だったイーダさんが現れた。マサイの槍と盾を携えての登場だった。

 しかし、彼は元気がなかった。ケープタウンからの飛行機で到着するや否や、高熱で倒れたのだ。熱を測ったところ、三十九度五分あった。

「マラリアかもしれないっす。モザンビークの宿でめっちゃ蚊に刺されたんですよ」

 伸び放題の髪を後ろで束ねていた彼は、覇気のない表情で言った。

 トルコ共和国
(Republic of Turkey)

トルコ/マサイの戦士とその仲間たち
【トルコ/マサイの戦士とその仲間たち】

 ひとまず病院に行くしかない。唯一の知り合いだったこともあり、僕は彼に付き添うことにした。

 受付を済ませた彼は早速ベッドに寝かされ、採血され、質問を受けた。医師は英語が話せたが、ありがいことにトルコ語と日本語の対訳質問票が用意されており、「お腹は痛いか」「便の状態はどうか」といった文章を指差しながら、受け答えができるようになっていた。

 しばらく待たされたあと、僕が医師に呼ばれた。

「非常に深刻で、緊急で、入院の必要がある」

 医師は病名らしき単語も言ってくれたが、専門用語は難しく、僕にはそれが英語なのかトルコ語なのかも分からなかった。

「マラリアかどうか訊いて下さい」

 イーダさんの問いを英語に訳すと、医師は首を横に振った。

「いったん宿に帰りたいんだけど、ダメかどうか訊いて下さい」

 再び彼の問いを訳すと、医師はありえないという顔つきで「緊急事態だ」と繰り返した。

 そのあと慌しく救急車が手配され、イーダさんはベッドに載せられたまま別の病院へ移送された。規模は大きく、何百人もの入院患者を抱えていそうな、しかし幾分古びた病院だった。

「ここで再検査をするから、昼食でもとったあと一時間後にまた来てください」

 担当者が事務的にそう言った。病状がどうなのか、結局なんの病気なのか、すぐ治るのか、色々気になったが、医学用語を駆使して質問できるほど、僕の英語力は充分ではなかった。

トルコ/イスタンブールの病院
【トルコ/イスタンブールの病院】

 僕は急いでコンヤペンションに戻り、エリフをつかまえ、一緒に病院に来てもらうことにした。マラリアなのかどうか判然としなかったが、救急車で緊急移送というのはただごとではない。イーダさんの生命がかかっているその状況で、僕は一人で医師とやりとりをする自信はなかった。

 果たして新しい病院で再検査をすると、マラリアという診断結果が出た。医師の説明をエリフが聞き、彼女が僕たちに訳してくれた。

「薬を買ってくる必要があります」

 マラリアは死に至る恐い病気ではあるが、早期に正しい治療を施せばさほど問題はない。ナイロビやケープタウンといったアフリカの大都市であれば、マラリア専門医を抱える病院が揃っているからまず大丈夫だ。怖いのはむしろ、潜伏期間の間にマラリア汚染域を脱してしまい、そのあとで発病した場合だといわれていた。

 日本しかり、トルコしかり。なぜならそこでは、マラリア薬を手に入れるのが容易ではなく、マラリア患者を実際に診たことのある医師も少ないからだ。ただの高熱だと誤診され、対処を誤っているうちに取り返しのつかないことになってしまう恐れがあるのだ。

 僕たちは病院の隣にある薬局で、言われたとおりの処方箋を提出した。僕がスーダンで買ったものと同じメフロキンという種類のマラリア薬のほか、点滴液などを買った。

「四、五日入院が必要です」

 医師は淡々とそう述べた。イーダさんは不満そうだった。医師が去ったあと、なんと同室のおじさんと仲良く煙草を吹かしており、僕たちを唖然とさせた。

トルコ/コンヤの近所で開かれる市場
【トルコ/コンヤの近所で開かれる市場】

 そして数日後、イーダさんは病院から帰ってきた。

「薬が強すぎる。あんなところいたら殺されちゃいますよ」と病院に文句を言っていた。熱は下がっており、彼いわく「治った」とのことだった。

「彼、大丈夫? お母さん、すごい心配してるよ」

 中庭で麻雀の卓を囲んでいるイーダさんを横目に、エリフが僕を呼んで言った。以前コンヤペンションに滞在していたアフリカ帰りの旅行者で、やはりマラリアを発症し、最後には亡くなってしまった人がいたそうだ。エリフのお母さんが深刻そうな表情で首を振った。

「大丈夫、たぶん」

 咳き込みながら、僕は弱気に答えた。

トルコ/コンヤペンションの界隈
【トルコ/コンヤペンションの界隈】

 僕もまた、ここ数日風邪を引いて微熱気味だった。アフリカ疲れが今になって噴出したのか、原因はよく分からなかった。

 気になった僕は本で調べてみた。『地球の歩き方』や『旅行人』には海外で罹りやすい病気についての説明が書かれていた。マラリアに関する記述も当然あったが、別のページを読んでいて、僕は思わず呻いた。

《A型肝炎 : 微熱が続き、尿が橙色になったり、大便が白っぽい色になる》

 まさに僕がタンザニアで体験した奇妙な症状ではないか! その謎が解けた瞬間であった。

トルコ/コンヤペンションの書棚
【トルコ/コンヤペンションの書棚】

出発から18046キロ(40000キロまで、あと21954キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う
6940
10 04 イタリア パナマから大西洋を越え、飛行機にて入国(ローマ)
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 01 01 イラク バグダッドにて年越し
20 エジプト 船にて入国(ヌエバ)
03 15 ケニア 赤道通過
04 03 ザンビア 鉄道にて入国(ルサカ)
10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先
15000
18 ボツワナ 自転車にて入国(フランシスタウン)
21 ディノクエ~ディベテ間
16000
25 南アフリカ 自転車にて入国(マフィケン)
05 01 ブリッツタウン~ビクトリアウエスト間
17000
09 最南端アグラス岬到達
12 ケープタウン手前
18000
25 南アフリカ出国 空路トルコへ
26 トルコ 旅立ち1周年 飛行機にて入国(イスタンブール)

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