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自転車世界一周の旅/第77話 イスタンブール~多国籍宿コンヤペンション


 僕はコンヤペンションに帰ってきた。思ったより涼しい、初夏のイスタンブールだった。中庭にかかっていたビニールの天幕は巻き上げられ、夏らしい装いになっていた。軽装の旅行者たちで賑わっていた。

「キフネさん、ちょっと変わったみたいよ。汚くなった」

 エリフも元気そうだった。宿泊者が激減しているという噂を聞いていた僕は、少し拍子抜けするくらいに安堵した。

 トルコ共和国
(Republic of Turkey)

トルコ/コンヤペンションの前にて
【トルコ/コンヤペンションの前にて】

 トルコ料理を学んでいるというマサくん、ジャッキー・チェンと一緒に撮った写真を持ち歩いているテツさん、長身髭面の学生テルくん、そして名古屋に住んでいたことがあるというアメリカ人のジェシカなど、これまた個性的な顔ぶれが揃っていた。

 彼らに交じり、僕はのんびりとアフリカ疲れを癒すことにした。壊れた自転車を直さなくてはいけなかったが、正直しばらく自転車は見たくもなかった。空輸したときの輪行袋に入れっぱなしのまま、宿の廊下に置き去りにした。ぼろぼろに崩れていたドレッドヘアをほどいて散髪した。写真を現像したり、クレジットカードの期限が切れたので、新しいものを日本から送ってもらったりした。

 コンヤペンションは相変わらず旅人たちで混雑していたが、半年前と大きく違うことがあった。それは、昨年の十一月はほぼ全員が日本人客であったのに対し、今度は一転して外国人の宿泊客が多いことだった。最大勢力はやはり日本人だったが、フランス人にドイツ人、スウェーデン人など、実に多国籍な宿になっていた。

「夏はいつもこうよ」

 エリフは自信ありげな口調で、そう言った。

トルコ/ガラタ橋にて
【トルコ/ガラタ橋にて】

トルコ/コンヤペンションの経営者家族
【トルコ/コンヤペンションの経営者家族】

 日によっては韓国人も多かった。日本人だと思って話しかけると、「コリアン」と返事が返ってくることがしばしばあった。

「最近は韓国人のバックパッカーが多いね」

 テツさんが言った。まとまった期間外国旅行ができるというのは、紛れもなくお金に余裕があることの表れである。韓国人旅行者が増えたのは、すなわち韓国が先進国となり、日本や西欧並みに豊かになった証ともいえるのだろう。

 そして海外で出会うと、日本人と韓国人は意外にウマが合う。僕は一年間続けてきた旅の中で、様々な国籍の旅行者たちと遭遇してきたが、一番親近感が沸くのは韓国人であった。顔が似ていること、白いご飯を好むこと、共通の語彙が多いこと、英語があまり得意でないこと、圧倒的に西洋人が多数のバックパッカーの世界にあって、互いに共有している要素が多いことに気づくのだ。

トルコ/中庭にて日韓合コン開催
【トルコ/中庭にて日韓合コン開催】

 もっとも、日本人と韓国人の旅行者で傾向が異なる点もある。それは男女比だった。おそらく徴兵制の影響だと思うが、男性が圧倒的に少なく、女性旅行者が多いのが特徴だった。たとえば男一人に女五人というすこぶる羨ましい取り合わせのグループが泊まったこともあったし、また別の日は女性ばかり四人組がやってきて、僕たち日本人の男軍団を喜ばせた。

 しかも、四人のうち一人は日本語が達者だった。彼女の日本語通訳と、片言同士の英語と、「アンニョンハセヨ」と「カムサハムニダ」くらいしか喋れない僕たちの韓国語で、充分に意思の疎通が図れた。彼女たちが韓国から持ってきたのだというキムチで鍋料理を作るのに協力したり、「サム・ユク・ク(3・6・9)」というゲームで盛り上がったりした。

「まるで合コンみたいっすね。いやあ楽しいっすね」

 マサくんやテルくんが満面の笑みで言った。

 面白いのは、そんな日本人と韓国人が和気あいあいとしていることに対する西洋人の反応である。

「日本と韓国は仲が悪いんだろ。最近も歴史教科書で揉めているってニュースを見たぜ」などと意地悪く言うフランス人がいれば、「僕には日本語と韓国語が同じに聴こえるんだけど、君たちの言葉はけっこう違うのかい?」と訊いてくるイギリス人もいた。

トルコ/線路を越えてグラウンドへ降りる
【トルコ/線路を越えてグラウンドへ降りる】

 そしてまもなく、日韓共催のワールドカップが始まった。時差の関係で、トルコでは朝から夕方にかけてのテレビ放送。日本を応援し、韓国を応援し、トルコを応援し、昼間から宿にいて、日がなテレビ観戦していると、それだけで一日が終わってしまいそうだった。

 しかしこの季節、トルコは日が長い。夕方から僕たちはグラウンドに繰り出した。海の方へ坂を下り、線路を越えたところにサッカー場があった。

「今日も張り切っていきましょう」

 コンヤのサッカー部長はテルくんだった。彼の音頭で、日本人以外の宿泊者が加わることも多かった。エリフの弟エルスィンやその友人たちが参加することもあった。もう一つの日本人宿ツリーオブライフの宿泊者を誘うこともあった。そんなふうにしてメンバーを集め、地元の小中高生と戦うのだが、僕たちはたいてい惨敗だった。

トルコ/サッカー場にて地元の青少年と
【トルコ/サッカー場にて地元の青少年と】

出発から18046キロ(40000キロまで、あと21954キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う
6940
10 04 イタリア パナマから大西洋を越え、飛行機にて入国(ローマ)
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 01 01 イラク バグダッドにて年越し
20 エジプト 船にて入国(ヌエバ)
03 15 ケニア 赤道通過
04 03 ザンビア 鉄道にて入国(ルサカ)
10 ジンバブエ ビクトリアフォールズ先
15000
18 ボツワナ 自転車にて入国(フランシスタウン)
21 ディノクエ~ディベテ間
16000
25 南アフリカ 自転車にて入国(マフィケン)
05 01 ブリッツタウン~ビクトリアウエスト間
17000
09 最南端アグラス岬到達
12 ケープタウン手前
18000
25 南アフリカ出国 空路トルコへ
26 トルコ 旅立ち1周年 飛行機にて入国(イスタンブール)

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