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自転車世界一周の旅/第72話 アパルトヘイトの国、ダイヤモンドの町


 四月二十五日、ついに僕は南アフリカに入国した。ボツワナに続いてビザは不要。いよいよアフリカ最後の国だ。

 ボツワナ共和国
(Republic of Botswana)
 南アフリカ共和国
(Republic of South Africa)

南アフリカ/アフリカ最後の国、入国
【南アフリカ/アフリカ最後の国、入国】

南アフリカ/マフィケン市街
【南アフリカ/マフィケン市街】

 マフィケンという最初の町を過ぎてから、僕は猛烈に移動を開始した。

 緩やかな丘が延々と広がり、牛や羊が草を食べているのどかな風景。来る日も来る日も自転車をこぎ、青空を見つめ、地平線を見つめ、高原を駆ける日々が続いた。村や集落は少なく、ぽつぽつと農場があり、井戸水の汲み上げのためか粉挽きでもしているのか、風車がくるくると回っていた。

 南半球では太陽が逆方向に動く。もちろん東から昇り西へ沈むという原理は同じだ。しかし、北半球では東から南を経て西、つまり視覚的には左から右へ動くのに対し、南半球では北を経て右から左、逆方向に動くように見えるのである。日がな一日自転車で走っていると、これは奇妙な感覚だった。

南アフリカ/南ア北中部の道
【南アフリカ/南ア北中部の道】

 季節はまもなく五月、南半球には秋が訪れようとしていた。好天が続いたが、日ごとに少しずつ、涼しくなっていくのが感じられた。これまた不思議な違和感があった。

 さらに南アフリカでは、驚いたことに都市間の公共交通がない。自転車で走っていても路線バスを見かけることがない。長距離バスもない。白人の乗った自家用車か、黒人の運転するトラック、たいがいそのどちらかだ。白人は自分の車を持っていて自由に移動するし、たいていの黒人は自分の生活圏内である集落から外出することがない。だから不特定多数を運ぶための公共交通が、あまり必要とされていないようであった。

南アフリカ/セトラゴレという町にて
【南アフリカ/セトラゴレという町にて】

 やがて町が近づいてくる。どんな小さな田舎町でも、白人の居住区と黒人の居住区は分けられていた。町の周辺部には、黒人の住むバラック小屋が集まる。大きなマッチ箱を折り重ねたような家並み、トタン屋根の軒が連なっていた。男たちが煙草を吹かし、女たちが洗濯物を広げ、子供たちが素足で駆け回る、そんな生活風景が丸見えの社会。

 中心部に入ると、整然とした町並みが始まった。垣根があり、車庫があり、庭ではスプリンクラーが水撒きをしている一軒家。白人の住む住宅街だ。大型のショッピングセンターがあり、白人は自家用車で乗り付けてくる。黒人は座席を増やしてぎゅう詰めにされた乗合のハイエースでやって来る。

南アフリカ/ドライハーツという町にて
【南アフリカ/ドライハーツという町にて】

 スーパーに立ち寄って自転車を停めていると、「見張っていてあげる」と黒人の子供たちが集まってきた。買い物を済ませて出てくると、案の定彼らは、「おなかが減っているんだ。お金をちょうだいよ」と手を伸ばしてきた。

 人種隔離政策アパルトヘイト。悪名高きこの仕組みは、法律としては失効したが、実質的にはいまだ残っている。金持ち白人と貧乏黒人の差は歴然としていた。

*   *   *

 北ケープ州の中心都市キンバリーに着いた。キンバリーといえばなんといってもダイヤモンドが有名で、深さ二百十五メートル、人力で掘られたものとしては世界最大というダイヤモンド採掘の巨大な穴ビッグホールが、観光名所となっていた。植民地時代の街並みを再現する野外博物館を併設しており、当時の熱狂を偲ぶことができた。

南アフリカ/キンバリー、ビッグホール
【南アフリカ/キンバリー、ビッグホール】

 世界のダイヤモンド流通を支配しているといわれるデビアス社の本社は今もこの町にあり、創設者セシル・ローズの銅像が街角に建てられていた。ローズは十九世紀後半、鉄道の建設などイギリスの植民地経営に貢献し、ケープ植民地の首相まで務めた男であり、ザンビアやジンバブエの旧国名ローデシアは彼の名に由来する。近代アフリカ史を語る上で、まさに欠かせないほどの権力と財力を一手に掌握した人物であったのだ。

南アフリカ/セシル・ローズの銅像
【南アフリカ/セシル・ローズの銅像】

 その日は日曜日。店という店はことごとく閉まっており、繁華街はゴーストタウン状態であった。何もせず寝そべっていたり、ゴミ拾いをしたりしている黒人の姿が、富に取り残された者たちの現実を映し出していた。

 ビッグホールに隣接したキャンプ場に宿泊したのだが、そこはキャンピングカーで来た白人の家族連れで賑わっていた。一泊三十ランド(約三百五十円)で設備は充実しており、シャワー室があるばかりか、なんとバスタブが付いていた。僕はせっかくなのでお湯を張り、アディスアベバ以来の湯船を満喫させてもらった。そんなことが、途方もない贅沢のように思えた。

南アフリカ/植民地時代の街並み
【南アフリカ/植民地時代の街並み】

 秋の南アは日が短い。六時を過ぎればあっという間に暗くなってくる。夜になれば星空を眺めることくらいしかすることがなかったが、心休まる貴重な時間帯であった。

南アフリカ/広大な南アの大地を行く
【南アフリカ/広大な南アの大地を行く】

出発から16690キロ(40000キロまで、あと23310キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う
6940
10 04 イタリア パナマから大西洋を越え、飛行機にて入国(ローマ)
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 01 01 イラク バグダッドにて年越し
20 エジプト 船にて入国(ヌエバ)
03 11 エチオピア ヤベロ~ドブロワ間
13000
13 ケニア 自転車にて入国(モヤレ)
15 赤道通過
24 タンザニア 自転車にて入国(ナマンガ)
28 サーメ~モンボ間
14000
04 03 ザンビア 鉄道にて入国(ルサカ)
09 ジンバブエ 自転車にて入国(ビクトリアフォールズ)
10 ビクトリアフォールズ先
15000
18 ボツワナ 自転車にて入国(フランシスタウン)
21 ディノクエ~ディベテ間
16000
25 南アフリカ 自転車にて入国(マフィケン)

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