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自転車世界一周の旅/第66話 ダルエスサラーム~蒸し暑き午後の痛恨


 三月末日、ようやくインド洋に出た。タンザニアの実質上の首都、アラビア語で「平和の港」という意味のダルエスサラームである。

 タンザニア連合共和国
(United Republic of Tanzania)

タンザニア/マカタという町
【タンザニア/マカタという町】

タンザニア/深い緑の道
【タンザニア/深い緑の道】

 エチオピアからケニアにかけて、しばらくずっと高原地帯が続いていたから、標高〇メートルの低地はいかにも蒸し暑くて不快だった。天気も悪く、雨が続いた。この季節、アフリカの東海岸は雨期なのだ。

タンザニア/ダルエスサラームへ
【タンザニア/ダルエスサラームへ】

 町にさして見所がない点ではナイロビと大差ないと思うのだが、ダルエルサラームは旅行者が少ない印象だ。ただウルサイ輩だけはしっかり多く、小一時間ほど歩いている間に四人くらいに「コンニチハ」と声をかけられた。警察とグルになった麻薬の売人である可能性もあるから、相手にしないほうが賢明といわれていた。

 平日なのに、銀行など閉まっている店が多い。何かの祝日だろうかと思ったら、あとで復活祭イースターであると判明した。都市に着いて連続の休日というのは運が悪い。本当は中世の交易都市キルワの遺跡に行きたいのだが、もともと観光開発されていなくて行きづらい上に、雨期は道路が寸断されているという話。代わりに奴隷貿易で栄えたザンジバル島にでも足を延ばそうかと考えていたが、一日ずーっと雨が降っているのを見ると、島に船で渡る気も、なんとなく失せてくる。

タンザニア/ダルエスサラーム市街
【タンザニア/ダルエスサラーム市街】

タンザニア/ダルエスサラーム市街
【タンザニア/ダルエスサラーム市街】

 相変わらずの微熱とマンゴー色の尿は続いていた。行動意欲はなかった。

 追い討ちをかけるように、宿でお金を盗まれた。ブラックアフリカの大都市では、強盗に遭って身ぐるみはがされる可能性が高いので、最低限の現金だけをもって外出し、残りは部屋に隠しておいたほうが無難だとされていたが、その策が裏目に出た。海岸沿いを散歩し、部屋に戻ってきたところ、テーブルの上に載せていたザックや小物類の位置関係が、微妙に異なっていた。

(まさか……)

 背中に冷や汗が流れた。祈るような気持ちで、ザックの底に隠していた貴重品入れを探った。果たして、パスポートやカード類は無事だったものの、見事に百ドル札が抜かれていた。宿が犯人だと分かりきっていたが、どうしようもなかった。

 ダルエスサラームにはもう数日滞在し、休養をとろうかと思っていたが、やめた。グアテマラの強盗事件から七ヶ月。体調不良も重なって、僕はまた少し旅に自信喪失気味だった。

タンザニア/インド洋の海岸
【タンザニア/インド洋の海岸】

*   *   *

 ダルエスサラームを逃げ出した僕は、輪行しタンザン鉄道に乗った。中国が建設支援をしたといわれるタンザン鉄道は、隣国ザンビアのニューカピリムポシまで、二泊三日の汽車旅だった。

タンザニア/ダルエスサラーム駅
【タンザニア/ダルエスサラーム駅】

タンザニア地図

 同行者がいた。アディスアベバとナイロビ以来の再会となるエーちゃんだった。

 エーちゃんは南アフリカで自転車を買ってマダガスカルを走りたいのだと言っていた。列車は空いており、二人で二等車の六人用コンパートメントを独占することができた。

 運転が荒いのか、線路の質が悪いのか、とにかくよく揺れる列車だったが、スーダンの地獄列車と比べれば、同じ乗り物だとは想像できないほど快適だった。とはいえ、盗難事件の痛手と、三十七度五分の体温、僕は不機嫌でぐったりとしていた。「元気出しましょうよ」と励ましてくれるエーちゃんに八つ当たりしていた。

「そういえばコンヤペンション、もうだめらしいですよ」

 エーちゃんが突然、思い出したように言った。

「サファリホテルのホームページにコンヤの悪口が書かれているの知ってます?」

「知らない。なにそれ?」

「ノブさんは別の宿に移っていて、コンヤは宿泊客が減ってがらがらみたいですよ」

タンザニア/タンザン鉄道、途中駅
【タンザニア/タンザン鉄道、途中駅】

 コンヤペンションもサファリホテルも、僕がこの旅の途中で宿泊した日本人宿である。

 エーちゃんの説明では、サファリのホームページに、以前コンヤで起こった盗難事件についての批判文が掲載され、その発信源がノブさんであるらしかった。ノブさんはコンヤに住み込みで、宿泊者の応対をしたり、部屋や廊下の掃除をしたりとこまめに働いていた。詳しい経緯は分からないが、ともあれ彼はコンヤペンションの経営家族とケンカする形で、もう一つの日本人宿ツリーオブライフに移籍しているという話。その影響で、コンヤは深刻な客離れが起きているらしかった。

 トルコを離れて以来、コンヤのエリフとは何度かメールのやりとりがあった。一緒に日の丸を作ってサッカー観戦した仲間たちとも、ときどき連絡を取り合っていた。悪口が触れ回っているという話は初耳だった。

(いったいあの楽しかった宿に何があったのだろう)

 僕は暗澹とした気持ちになった。

タンザニア/タンザン鉄道、車内
【タンザニア/タンザン鉄道、車内】

出発から14451キロ(40000キロまで、あと25549キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
08 05 メキシコ トゥーラ手前
5000
09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う
6940
10 04 イタリア パナマから大西洋を越え、飛行機にて入国(ローマ)
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
2002 01 01 イラク バグダッドにて年越し
18 ヨルダン ペトラ先ラジフ
11000
20 エジプト 船にて入国(ヌエバ)
02 04 スーダン 船にて入国(ワディハルファ)
17 ゴタ~ガラバート間
12000
20 エチオピア 自転車にて入国(メタマ)
03 02 アディスアベバ到着
11 ヤベロ~ドブロワ間
13000
13 ケニア 自転車にて入国(モヤレ)
15 赤道通過
24 タンザニア 自転車にて入国(ナマンガ)
28 サーメ~モンボ間
14000

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