自転車世界一周の旅/第50話 天空の道、キングスハイウェイを往く
ヨルダンに戻り、僕は二十日ぶりに自転車に乗った。目指すは紅海に面した港町、エジプト行きの船が出航するアカバである。
![]() |
ヨルダン・ハシミテ王国 (Hashemite Kingdom of Jordan) |

【ヨルダン/アンマンのクリフホテル】

【ヨルダン/アンマン郊外】
ヨルダンを横断するには、平坦な砂漠の道デザートハイウェイと、古代より使われていたとされる山間部のキングスハイウェイの二通りがあった。僕は迷わず後者を選んだのだが、これが予想をしのぐ険しい道のりだった。

【ヨルダン/ワディ・ムジブ】
アンマンを出てしばらくは丘づたいに走りやすい道が続いたが、あるところで突然、目の前の視界がすっぽりと切れ落ちている地点に辿り着いた。ワディ・ムジブと呼ばれる深さ千メートルの大峡谷である。深い崖の谷を挟んで向こう側に、同じ高さの巨大な壁が立ち塞がっているのが見えた。下るのは一瞬で、上るのには何時間もかかった。
ちなみにワディとは、アラビア語で「涸れ川」の意。この地方にはワディと冠せられた地名が多く、山を越えるのではなく、谷をいくつも越えていく道は、より体力を消耗した。

【ヨルダン/カラクの町】

【ヨルダン/キングスハイウェイ】
さらに思わぬ強敵となったのが、ときおり通過する集落の子供たちだった。「ハロー」と明るく呼びかけてきたあとに、こちらが疲れて返事をしないと、あろうことか石を投げ付けてきた。僕はしばしば怒鳴り声をあげながら、必死でペダルをこいだ。

【ヨルダン/キングスハイウェイ】

【ヨルダン/途中の集落にて】
しかし、そんな困難を補ってあまりあるほどの絶景が続いた。一面の青空に、褐色に裂けた丘陵が映える。崖を挟んだ遠くには白冠の山並みがある。十字軍時代の城が建つカラクは標高千メートルを越え、次の日に泊まったタフィーラという町からは、遥か遠くに死海の湖面を眺めることができた。
タフィーラでは、学校の前を通りかかったときに、サッカーをしていた集団から声をかけられた。下は小学生から、上は二十歳前後だろうか。僕は誘われるまま、彼らに混じって日暮れまでサッカーに興じた。足の疲労は倍加したが、そんなことは気にせずに走り、ボールを蹴っている自分がいた。シュウサクだと名乗っても、なぜか「スズキ!」に変換されて呼ばれるのがおかしかった。

【ヨルダン/キングスハイウェイ】
翌日はさらに高度があがった。夜のうちは雲が出ていても、日が昇ると快晴の空になる。
草木はほとんど生えず、車の往来も滅多になく、空と大地の圧倒的な世界。荒涼とした景色に雪の白さが混じって、この上なく美しかった。太陽の光と、常に吹き付けてくる冷たい風にのみ現実感があった。

【ヨルダン/キングスハイウェイ】

【ヨルダン/通行止めによる迂回路】
そしてペトラ観光の拠点ワディ・ムーサへ。
ペトラは二世紀頃、ナバタイ人によって築かれたとされる古代都市の遺跡。数キロ四方の広範囲にわたり、宝物殿や王家の墓、修道院などの建造物が残されていた。いずれも独特な赤い色をした岩盤に彫られており、雄大な景色と相まって非常に見応えがあった。

【ヨルダン/ペトラ遺跡】

【ヨルダン/ペトラ遺跡】
観光客は少なく、ラクダやロバに乗った地元遊牧民のベドウィンたちは退屈そうで、茶店や土産物の屋台の多くは空き店舗になっていた。ぶらぶら歩いていると、一人のラクダ使いの若者が話しかけてきた。
「どこから来た」
「日本だ」
「そうか。お前の人生は幸せだな」
「…………?」
「だってそうだろう。俺は毎日こんなところをラクダと歩いているばかりだ」

【ヨルダン/ペトラ遺跡】
ベドウィンに生まれた自分の一生を達観しているのか、言葉とは裏腹に、大して日本人を羨ましいとも思っていないような、淡々とした口調だった。
「お前は本当に日本人か? 日本人はもっと目が細いはずだ」
最後にそんな台詞を捨てて、彼は去っていった。

【ヨルダン/ペトラ遺跡】
天上世界キングスハイウェイを後にして、一気の下り坂。アフリカへ向かう道は、平坦な砂漠の道。空気は熱く、そして強い。

【ヨルダン/キングスハイウェイ】

【ヨルダン/キングスハイウェイ】
まっすぐ走ればアカバだったが、僕は砂漠の景勝地ワディ・ラムに寄り道をした。月の谷と称されるワディ・ラムは、ナバタイ人の寺院跡やベドゥインの駐留地など見所が多く、四駆のツアーが人気だった。
僕はもちろん自転車を持ち込んだ。地盤の固い場所は走れたが、深い砂地になると押すしかなく、ほとんどを歩く羽目になった。

【ヨルダン/ベドゥインの駐留地】
途中ベドゥインの姉弟が放牧していただけで、車もラクダも滅多には通らない。とても季節が冬とは信じられないほど、焼け焦げて死んでしまいそうなほどに暑かった。汗が止めどなく滴り落ちる。
(これが砂漠なのか……)

【ヨルダン/ワディ・ラム】

【ヨルダン/ワディ・ラム】
赤い砂、黄色い砂、白い枯れ草のような植物、紫色の岩、黒い山、そして真っ青な空。単色に思えた砂漠にも、実は色々な色がある。
ただ圧倒的に強いのは太陽。問答無用の残酷なまでに無敵な存在感で、天空に君臨する金色の太陽。
こんな世界から一神教が生まれたのだなと、僕はふと、理解できたような気がした。

【ヨルダン/街道沿いで出会ったおじさんたち】

【ヨルダン/港町アカバ】

【ヨルダン/紅海、その向こうにシナイ半島】

出発から11196キロ(40000キロまで、あと28804キロ)
年 | 月 | 日 | 国 | できごと | 距離 |
2001 | 05 | 26 | アメリカ | 旅立ち 空路アラスカへ | |
07 | 20 | メキシコ | 自転車にて入国(ティファナ) | ||
08 | 05 | トゥーラ手前 | 5000 |
||
09 | 04 | グアテマラ | 強盗事件発生 自転車を失う | 6940 |
|
10 | 04 | イタリア | パナマから大西洋を越え、飛行機にて入国(ローマ) | ||
20 | ギリシア | アテネ市内 | 8000 |
||
11 | 11 | トルコ | イスタンブール手前 | 10000 |
|
14 | W杯サッカー欧州予選を観戦 翌日新聞に載る | ||||
12 | 03 | シリア | 自転車にて入国(アレッポ) | ||
14 | レバノン | バスにて入国(ベイルート) | |||
20 | シリア | バスにて再入国(ダマスカス) | |||
25 | ヨルダン | 自転車にて入国(アンマン) | |||
30 | イラク | ツアーにて入国(バグダッド) | |||
2002 | 01 | 01 | バグダッドにて年越し | ||
07 | ヨルダン | ツアーにて再入国(アンマン) | |||
08 | イスラエル | バスにて入国(エルサレム) | |||
13 | ヨルダン | バスにて再々入国(アンマン) | |||
18 | ペトラ先ラジフ | 11000 |