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自転車世界一周の旅/第49話 キリストの生まれた町、パレスチナの国


 イスラエルには聖書やキリスト教にまつわる名所が多い。その中で僕は、イエス・キリスト本人が生まれた町、ベツレヘムを訪れた。

 泊まっていた宿の向かいにセルビス乗り場があり、料金三シュケル(約九十円)で三十分の距離。当然町の中心まで乗せていってくれるものと思っていたのだが、その手前で道路が封鎖されており、検問所があった。

イスラエル/ベツレヘムの検問所
【イスラエル/ベツレヘムの検問所】

 イスラエル国
(State of Israel)
 パレスチナ
(Palestine)

中東地図

 検問でパスポートを呈示し、市内へ。これがいわゆるパレスチナ自治区というやつなのだ。待ち構えていたタクシーの運転手が声をかけてきたが、僕は中心部までの二キロほどを歩いた。人通りは少なく、土産物屋やレストランはどこも暇そうだった。

 丘を上ると、メンジャー広場に出る。正面に、その名も生誕教会が建っていた。ギリシア正教会やアルメニア教会など、各宗派が共同で管理している由緒ある教会だ。

イスラエル/生誕教会
【イスラエル/生誕教会】

 礼拝堂や、祭壇、中庭などをひと通り眺め、いよいよ地下への階段を下ると、キリストが生まれたとされる洞窟がある。まさにその場所には、星形の銀板が埋め込まれていた。

 毎年十二月二十四日のクリスマスイブには盛大なミサが行われるというが、中東情勢の悪化を反映してか、教会内は驚くほど閑散としていた。僕のほかには西洋人の参拝客がたったの二人しかおらず、とても世界最大の信徒数を誇る宗教の聖地とは思えなかった。

イスラエル/キリストが生まれた、その場所
【イスラエル/キリストが生まれた、その場所】

 一歩教会の外に出ると、パレスチナ人の青年たちが遊んでいた。皮肉にも、ありふれた平和な田舎町の雰囲気だった。

イスラエル/ベツレヘム、メンジャー広場
【イスラエル/ベツレヘム、メンジャー広場】

 その日は金曜日。エルサレムに戻ると、ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)の行進を見学することができた。キリストが死罪を宣告されたローマ総督邸から、磔となったゴルゴダの丘まで、フランシスコ教会の修道士たちが聖書の記述に基づいて歩いていくのだ。

 途中、キリストがつまずいた場所や、母マリアに見かけられた場所など、旧市街に残された数々の名所を寄っていくため、僕みたいな一介の旅行者でもついて回ることができた。

イスラエル/ヴィア・ドロローサ
【イスラエル/ヴィア・ドロローサ】

イスラエル/ヴィア・ドロローサ
【イスラエル/ヴィア・ドロローサ】

 また金曜の日没は、ユダヤ教徒にとっては、安息日の始まりという重要な意味を持つ。旧約聖書の創世記には、世界は夕方から始まったと書かれているらしく、深夜零時ではなく、日没が重要な区切りの時間とされているのだ。

 平日は人が少なかった嘆きの壁に、黒づくめの衣装を着たユダヤ教徒の人々が大勢集まり、祈りを捧げ、歌を唱和していた。

イスラエル/エルサレムの遺跡
【イスラエル/エルサレムの遺跡】

イスラエル/オリーブ山の教会
【イスラエル/オリーブ山の教会】

*   *   *

 翌土曜日、僕はハラダくんに誘われ、ガザ地区を訪れた。ハラダくんは、金曜日にはパレスチナ人による投石運動インティファーダを見に行っており、パレスチナ情勢に詳しかった。僕は彼についていったようなものだ。

 ベツレヘムと異なり、エジプト国境に近いガザは遠い。セルビスはなく、僕たちはタクシーを利用した。一時間あまりで検問所に着いたが、そこはさながら本物の国境だった。

イスラエル/ガザの検問所
【イスラエル/ガザの検問所】

 旅行者といえど、誰がガザを訪れたのか、きっちり把握しておこうということだろうか。警備はベツレヘムの検問より遥かに厳重で、イスラエル側では出国印の手続すらあった。一方パレスチナ側はパスポートの確認のみで、比較的あっさりとしていた。

 アラファト議長の公邸や議会が置かれているガザは、パレスチナ自治区の中心都市。街角でアラファトの肖像を見かけることもできた。ただ町を歩いている限り、店や市場は普通に営業しているし、品物も豊富に揃っており、ごく普通のアラブの町のように思えた。

イスラエル/ガザの町
【イスラエル/ガザの町】

イスラエル/ガザの町
【イスラエル/ガザの町】

 しかし、港を訪れると状況が違った。破壊され傾いている船があり、テレビカメラが取材に来ていた。話を聞くと、ちょうど前日の夜、武器弾薬を密輸しているという疑いで、イスラエル艦船から攻撃されたものらしい。地元の男たちが騒いでおり、パレスチナ問題の現実を鈍く重く認識させた。

イスラエル/ガザの港
【イスラエル/ガザの港】

イスラエル/転覆させられた船
【イスラエル/転覆させられた船】

 土地を奪われた貧しいパレスチナと、支配する豊かなイスラエル。

 その格差を強く感じたのは、僕たちが再び検問を越え、経済的に繁栄するイスラエル側、近代的なビルが並ぶユダヤ人の町に戻ってきたときだった。この貧富の差も、憎しみを助長しているのだろう。

 僕たちが泊まった宿には、通常の旅行者も多かったが、フリーのジャーナリストや人権活動家、その志望者とおぼしき人々も少なくなかった。長期滞在のフランス人女性は、イスラエル兵に抑圧されるパレスチナ人への支援ボランティアをしていると言い、同じく宿にいたパレスチナ人の姉ちゃんは、アメリカ人の壮年男性と激論を戦わせていた。

出発から10694キロ(40000キロまで、あと29306キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
07 20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)
08 05 トゥーラ手前
5000
09 04 グアテマラ 強盗事件発生 自転車を失う
6940
10 04 イタリア パナマから大西洋を越え、飛行機にて入国(ローマ)
20 ギリシア アテネ市内
8000
11 11 トルコ イスタンブール手前
10000
14 W杯サッカー欧州予選を観戦 翌日新聞に載る
12 03 シリア 自転車にて入国(アレッポ)
14 レバノン バスにて入国(ベイルート)
20 シリア バスにて再入国(ダマスカス)
25 ヨルダン 自転車にて入国(アンマン)
30 イラク ツアーにて入国(バグダッド)
2002 01 01 バグダッドにて年越し
07 ヨルダン ツアーにて再入国(アンマン)
08 イスラエル バスにて入国(エルサレム)

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