自転車世界一周の旅/第48話 エルサレム~雪化粧の聖なる都
イラクツアーから一夜開けて、二日連続の国境越え。僕はイラクで一緒だったハヤシくん、学生のハラダくんたちと共に、イスラエルとの国境キング・フセイン橋に向かった。
出入国印をパスポートに押さず、別紙処理してくれることで有名な国境である。なぜそんな面倒なことをするかといえば、イスラエルへの入国履歴があると、他のアラブ諸国への渡航に差し支えが生じるからだ。
ヨルダン・ハシミテ王国 (Hashemite Kingdom of Jordan) |
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イスラエル国 (State of Israel) |
【イスラエル/ヨルダンとの国境キングフセイン橋】
そんな敵国に囲まれたイスラエルの入国審査は、世界一厳しいとされる。係官が二人つき、僕たちは個別に繰り返し尋問を受けた。
「なぜイスラエルに入りたいのか」
「イスラエルではどこを訪れるつもりか」
「イスラエルを出たら次はどこの国に行くのか」
「これまではどこの国を通ってきたのか」
「そんな長期の旅行をするのはなぜか」
「お金はどうしているのか」
「いつ日本に帰る予定か」
「一緒に来た彼らは誰だ」
「ずっと一緒なのか」
同じ質問がハヤシくんたちに対してもなされ、回答に少しでも齟齬があれば、怪しいと疑われてしまう。所持品検査も、カメラの硝煙反応を調べるなど、がぜん厳しかった。
普通ならそれでも二時間程度で終わるという入国手続、僕たちは四時間近く待たされた。
【イスラエル/ヤド・バシェム(ホロコースト記念館)】
「なんでこんなに時間がかかるんですか」
僕は恐る恐る係員の女性に訊いてみた。そろそろ日が暮れて、エルサレム行きのセルビスがなくなってしまう。それが心配だった。
「たくさんアラブの国を訪れてるからよ」
ぶっきらぼうに彼女は答えた。
中には挙げ句の果てに入国を拒否される旅行者もいるという。渡航履歴のほか、髪や髭がボサボサのような、外見が汚い場合も嫌われるらしい。僕たちは最悪の事態こそ免れたものの、通常日本人旅行者には二週間与えられる滞在許可が、半分の一週間だった。
エルサレムに着いた時刻は午後七時過ぎ。夜の雨で、とてつもなく寒い。ひとまず現金が必要な僕たちは、新市街に出かけATMを探した。交差点ごとに、銃を携えて警備する兵士の姿があった。スーパーの入口ですら金属探知機による検査があった。
「ほんと最低の国っすね」
ハヤシくんが悪態をついた。
【イスラエル/エルサレム旧市街、ダマスカス門】
翌日も風雨が冷たかったが、しかしエルサレムは風格のある街だった。
旧市街はのべ四キロの長さにわたる城壁に囲まれ、黄金門、糞門など合計八つの門があり、イスラム教徒地区、ユダヤ人地区、アルメニア人地区に分かれていた。地形的に起伏に富み、多くの丘に囲まれていた。
ダマスカス門をくぐり旧市街の城壁内に入ると、まずはアラブ・パレスチナ人の地区があった。生活用品、食堂、土産物屋の並ぶ狭い路地が続いた。とかく治安の悪い印象があるエルサレムだが、パレスチナ人の多い旧市街は比較的安全といわれていた。
【イスラエル/エルサレム旧市街、パレスチナ人地区】
そのまま当てもなく歩いていると、いつの間にかこざっぱりとしたユダヤ人地区に入り、ユダヤ寺院のシナゴーグが現れた。ユダヤ教は聖像崇拝を禁じており、メノラーと呼ばれる七枝の燭台だけが置かれていた。
【イスラエル/ユダヤ教聖地、嘆きの壁】
さらに路地を行くと、神殿の丘の西側、閑散とした広場に出た。有名なユダヤ教の聖地、嘆きの壁があり、礼拝日ではないため人数は少ないが、黒いユダヤ帽をかぶった人々が壁に向かって頭を下げていた。
壁の向こうには、金色に輝く岩のドームが見えた。ムハンマドが昇天したとされるイスラムの聖地である。嘆きの壁の位置からは直接行くことができず、ぐるりと入り組んだ小道を回って入口まで行くのだが、パレスチナ警察が立ちはだかり、イスラム教徒でない者は入れないことになっていた。
【イスラエル/ダビデの塔から岩のドームの遠景】
さらに少し離れたところには、ゴルゴダの丘、つまりキリストが磔にされた場所があった。僕はてっきり、草木もろくに生えてない殺風景な丘を想像していたが、それは昔のこと。西暦二〇〇二年の現在は、建物の密集した旧市街の真ん中、丘地なのかどうかもよく分からない場所に、聖墳墓教会が建っていた。ニジェール人らしき黒人の団体巡礼客で賑わっており、内部にはキリストの墓があった。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はいずれも源を同じくする一神教である。エルサレムの旧市街には三宗教の聖地が併存している。宗教の持つ独特な、人を畏怖させるようなエネルギーが、さして広いわけではないこの街に満ち満ちている。そんな気がした。
午後になると、雨が雪に変わり、聖地は白く雪化粧に包まれた。
【イスラエル/聖墳墓教会】
出発から10694キロ(40000キロまで、あと29306キロ)
年 | 月 | 日 | 国 | できごと | 距離 |
2001 | 05 | 26 | アメリカ | 旅立ち 空路アラスカへ | |
07 | 20 | メキシコ | 自転車にて入国(ティファナ) | ||
08 | 05 | トゥーラ手前 | 5000 |
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09 | 04 | グアテマラ | 強盗事件発生 自転車を失う | 6940 |
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10 | 04 | イタリア | パナマから大西洋を越え、飛行機にて入国(ローマ) | ||
20 | ギリシア | アテネ市内 | 8000 |
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11 | 11 | トルコ | イスタンブール手前 | 10000 |
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14 | W杯サッカー欧州予選を観戦 翌日新聞に載る | ||||
12 | 03 | シリア | 自転車にて入国(アレッポ) | ||
14 | レバノン | バスにて入国(ベイルート) | |||
20 | シリア | バスにて再入国(ダマスカス) | |||
25 | ヨルダン | 自転車にて入国(アンマン) | |||
30 | イラク | ツアーにて入国(バグダッド) | |||
2002 | 01 | 01 | バグダッドにて年越し | ||
07 | ヨルダン | ツアーにて再入国(アンマン) | |||
08 | イスラエル | バスにて入国(エルサレム) |