★ふねしゅーの【旅】を極めるサイト★

タイトルロゴ



自転車世界一周の旅/第30話 初めての冬の日~ギリシア中部の山道


 中米での一時期深刻だった日本へ帰りたい気持ちが、最近はほぼなくなってきた。クレタ島から本土に戻り、僕は進路を北へと転じた。次の目的地をブルガリアと決めたのだ。

 アテネ都市圏を抜け、峠を越え、しばらくは平坦な農村風景が続いた。綿花栽培だろうか、道端にやたら白い綿の塊が散乱していた。随所で焼き畑をしている光景が見られた。

 ギリシャ共和国
(Hellenic Republic)

ギリシャ/アテネから北西へ
【ギリシャ/アテネから北西へ】

(秋の風景だ)

 思えばローマ以来、ひたすらバカみたいな青空が続いていた。常にギラギラの太陽が空に君臨していた。それが、どうだ。重苦しい灰色の空だった。

 明くる日、ついに小雨がぱらついた。どんよりと雲は厚く、到底晴れそうにはなかった。季節の転換なのか、空の気まぐれなのか、それとも内陸部に入ったことによる地域差なのか。ただはっきりといえることは、曇って初めて肌に感じる寒さだった。

ギリシャ/デルフィ遺跡
【ギリシャ/デルフィ遺跡】

 大地のへそと呼ばれたデルフィ遺跡を訪れた。天高くそり立つ岩山の斜面に築かれた遺跡には、アポロン神殿や古代劇場が残されていた。足を滑らせたら最後、深い谷底へ落ちてしまいそうなくらいの急峻の地。よくぞこれだけ大規模な施設群を造り上げたものだと感心する。深く雲が垂れ込めていたこともあり、世界の中心というよりは、むしろ地の果ての霊場といった雰囲気があった。

 印象的だったのは、デルフィからの下り坂。まるでサーキットのようなヘアピンのループが続き、眼下には、海と山の狭間に敷き詰められた、広葉樹林の絨毯のような緑の盆地が見えた。ブレーキを握る指がかじかんだ。

 斜度の厳しい山道が続いた。坂を上っているときは汗をかいたが、下り坂ではその汗が冷えた。

ギリシャ/デルフィからの下り坂
【ギリシャ/デルフィからの下り坂】

「昨日は初めての冬の日だったぜ」

 ラミアという町を過ぎてからの上り坂、マウンテンバイクで追走してきた地元の若者が話しかけてきた。彼は自転車に相当詳しいらしく、僕が日本人であることを知ると、嬉しそうに「日本はケイリンが盛んなんだろう?」と言った。

 その日も天候は終始曇、ときおり青空がちらと覗いたが、風はぐっと冷たい。つい数日前のクレタ島で子供たちが泳いでいたことが信じられないくらいだった。あたりの山の木々もいつのまにか色づいていた。

 走行中気になったのは、天気とは別に、町の周辺部で何度となく見かけた難民キャンプのような光景だった。テントやトタン板で作られたバラックが集まり、洗濯物が干され、お世辞にも立派とはいえない身なりの子供たちが走り回っていた。

 ギリシアは旧ユーゴスラビアと接している。内戦があったボスニアやコソボからの難民だろうかと、このときは思ったのだが、後日聞いた話からすると、移動生活を続けるロマ(ジプシー)の人々だったのかもしれなかった。

ギリシャ/ギリシア中部の小都市トリカラ
【ギリシャ/ギリシア中部の小都市トリカラ】

 その晩に着いたトリカラという町で、僕は五千ドラクマ(約千七百円)の安いジャンパーを買った。アラスカで着ていた登山用の合羽は初代自転車と一緒に盗まれていたから、防寒具の持ち合わせがなかったのだ。

 秋を通り越して、本当にもう冬がやって来たかのように寒かった。

*   *   *

 翌十月二十七日、僕はメテオラを訪れた。「空中に浮かんでいる」という意味のメテオラは、重力に逆らうようにして林立する岩山の頂きに建てられた修道院。六百年以上の歴史を有する修行場である。

ギリシャ/メテオラの奇岩群
【ギリシャ/メテオラの奇岩群】

 拠点となるのはふもとのカランバカの町。そこからの標高差は最大で約四百メートル。自転車で上るのに楽な道のりではなかったが、現存で六つ残されている修道院は一律五百ドラクマ(約百七十円)の拝観料で見学ができた。

 教会内部の壁という壁、天井という天井を埋め尽くす神や天使たちを描いた宗教画は圧巻だった。ギリシア正教はカトリックやプロテスタントのように聖像を作らない。その代わりに、まるで仏教の曼陀羅のような、俗世を越えた迫力のある宗教画が発達している。修道院の一部は博物館になっており、中世の生活の道具や衣服、書物や十字架などが展示されていた。

ギリシャ/メガロ・メテオロン修道院
【ギリシャ/メガロ・メテオロン修道院】

 イスラム教を奉ずるオスマントルコ帝国の支配下に置かれた時代も、深い山中で信仰が保たれていたメテオラ。多くの観光客はバスや車で回っていたが、中には徒歩で巡礼している人たちもいた。道路が整備された今日、丸一日あれば歩くことのできる広さではあるが、それが本来の巡礼の姿なのだろう。

 僕はペダルをこいだ。息があがった。

 山々は赤く染まり、奇岩の数々や、標高を上げていくたびに見下ろせる町の眺めも素晴らしかった。

ギリシャ/アギオス・ステファノス修道院
【ギリシャ/アギオス・ステファノス修道院】

ギリシャ/オリンポス山を望んで北へ
【ギリシャ/オリンポス山を望んで北へ】

出発から8877キロ(40000キロまで、あと31123キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
07 20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)
08 05 トゥーラ手前
5000
09 02 グアテマラ 自転車にて入国(サンタ・エレーナ)
04 強盗事件発生 自転車を失う
6940
18 エルサルバドル バスにて入国(サンサルバドル)
20 ホンジュラス バスにて入国(コパンルイナス)
24 ニカラグア バスにて入国(マナグア)
26 コスタリカ バスにて入国(サンホセ)
30 パナマ バスにて入国(パナマシティ)
10 03 出国 空路大西洋を越える
04 イタリア 飛行機にて入国(ローマ)
05 二台目の自転車を購入、再出発
07 トルヴァイアニカ先
7000
14 ギリシア 船にて入国(パトラ)
20 アテネ市内
8000

第29話 ΣやΩの国、葡萄酒色の空 <<

>> 第31話 ビザンティン文化を色濃く残す街で



たびえもん

旅のチカラでみんなの夢をかなえる会社です

TEL:03-6914-8575
10時~17時半(日祝休)
https://tabiiku.org/

たびえもんロゴ

お問い合わせや旅行のご相談は、(株)たびえもんのサイトにて受付いたします。

素顔ジャパンプロジェクト

いつまでマスク? なぜ顔を隠し続けるの? みんなの笑顔が見える社会を取り戻そう

海外旅行で子供は育つ!

↓本を出しました↓

★全国の書店で、発売中★