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自転車世界一周の旅/第27話 地中海の潮風を受けて、ドイツ人チャリダーと走る


 十月といえど、地中海暖流の恩恵を受けた南イタリアは暖かい。柔らかな陽射しを浴びて、半袖姿の僕は自転車を走らせていた。

 風を切って、町から町へ。気分は悪くはなかった。

 イタリア共和国
(Republic of Italy)

イタリア/ローマ郊外、アッピア旧街道
【イタリア/ローマ郊外、アッピア旧街道】

 昼下がり、テラシーナという町を通過中、ふと気配を感じて僕は振り返った。すぐそこに金髪の髪の長い男がいた。サイドバッグ付きの自転車に乗り、僕の真後ろを走っていた。

「やあ」

 人なつっこそうな表情で、彼は話しかけてきた。自然な流れで、僕は彼と一緒に走ることになった。彼の名はアンディ。ドレスデン近郊に住むドイツ人だった。アルプス山地から走り始め、イタリア半島を縦断中、シチリア島まで南下するつもりだと言った。

 僕たちは海沿いの坂道を併走した。

 アンディは気さくな性格だった。音楽バンドをやっていることや、彼女がスペインにいて、この自転車旅行が終わったら会いに行くんだというようなことを、嬉しそうに話した。ドイツ人にしてはぎこちない英語だったが、逆にあまり流暢でないぶん聞き取りやすかった。

 僕はすでに旅を初めて四ヶ月以上が経つことを話した。

「それにしては、君の自転車はきれいだな」

 アンディの指摘に僕はどきりとした。表情を硬くしながら、とっさにごまかした。アンディは僕の表情に気づいたのか気づいていないのか、とにかくそれ以上訊いてはこなかった。

 潮風の匂いがした。西の空に傾いた太陽が眩しかった。

イタリア/ドイツ人チャリダーと二人旅
【イタリア/ドイツ人チャリダーと二人旅】

 その晩、僕とアンディは浜辺で野宿をした。昨日も僕は野宿だったが、果たしてイタリアでの野宿は安全なのか、田舎町とはいえ少し不安であった。しかしアンディもずっと野宿旅であると知り、心強く思った。

 アンディは夕暮れの海に飛び込んでいた。ここまで走ってくる道すがらも、浜辺で泳いでいる人々の姿を見ることはできた。日本の十月より暖かいのはたしかだったが、どうも白人の肌は寒さに耐久性があるらしい。

 やがて日は落ち、僕らはそれぞれのキャンピングコンロで夕食を作った。ドイツ人の食事というとビールとソーセージが真っ先に思い浮かぶが、アンディは菜食主義でお酒も飲まないらしかった。ならばサッカーの話はどうだと、僕は来年日本と韓国で開催予定のワールドカップの話題をふったが、サッカーにもそんな興味はないようだった。

「今作っている曲ができたら、君にも送るよ」

「いつか日本にも行ってみたいけど、日本は、マラリアは大丈夫なのかい?」

「マラリアなんかないさ」

 僕は笑って答えた。

「ぜひ日本に遊びに来なよ。きっと君たちヨーロッパ人には面白いと思うよ」

 僕たちは色々な話題について語り合った。先月起きたばかりのニューヨークのテロ事件の話もした。僕が日本の自衛隊の派兵問題について説明すると、アンディはドイツの軍隊にも同じような問題があると答えた。

 夜は次第に更け、周囲を徘徊する酔っ払いたちがいなくなった頃、僕らはそれぞれの寝袋に入り、眠りに落ちた。

イタリア/浜辺で野宿
【イタリア/浜辺で野宿】

*   *   *

 翌日僕たちはナポリへと向かった。南イタリアの中心都市ナポリ。工業化が進み豊かな北イタリアに対し、貧の南と呼ばれている。市街地の手前、道沿いに街娼が何人も立っていることに僕は驚いた。アンディが僕のほうを振り返り、にやけた顔で肩をすくめてみせた。

 ユースホステルに荷物を置いた僕たちは、地下鉄で街の中心部に出た。ナポリの中央駅は薄暗く、どこか垢抜けない雰囲気があった。駅前で記念写真を撮ろうとする僕に、一人の男が近づいてきて、写真を撮ってやるからカメラを寄越しなよと言ってきた。酔っ払っているような、麻薬中毒のような、嫌な目をしていた。アンディと顔を見合わせ、僕はその申し出を断った。

 噂に聞いていたとおり、あまり治安の良さそうではないナポリだったが、街並みはお洒落で情趣があった。港沿いに歩いていけば、チェスの駒のようなヌオーヴォ城や、ライトアップされた宮殿が並んでいた。

 僕たちは手頃な値段のレストランを探し、ピザを注文した。僕は水が有料であることに憤慨し、アンディはそんな僕の憤慨する理由が呑み込めない様子だった。日本では水は無料なんだと、僕は答えた。さすが本場のピザは美味しかった。

イタリア/ナポリのヌオーヴォ城
【イタリア/ナポリのヌオーヴォ城】

 アンディは翌朝ナポリを発った。坂道の向こうに消えていくまで、僕は彼を見送った。

 旅の進路が違うから、また会うことはないだろう。しかしたった二日間の付き合いだったが、僕は彼と出会えた幸運に感謝した。

イタリア/カプリ島
【イタリア/カプリ島】

出発から7225キロ(40000キロまで、あと32775キロ)

できごと 距離
2001 05 26 アメリカ 旅立ち 空路アラスカへ
22 船にてアメリカ本土上陸
20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)
08 05 トゥーラ手前
5000
24 チチェンイツァ先
6000
29 ベリーズ 自転車にて入国(オレンジ・ウオーク)
09 02 グアテマラ 自転車にて入国(サンタ・エレーナ)
04 強盗事件発生 自転車を失う
6940
18 エルサルバドル バスにて入国(サンサルバドル)
20 ホンジュラス バスにて入国(コパンルイナス)
24 ニカラグア バスにて入国(マナグア)
26 コスタリカ バスにて入国(サンホセ)
30 パナマ バスにて入国(パナマシティ)
10 03 出国 空路大西洋を越える
04 イタリア 飛行機にて入国(ローマ)
05 二台目の自転車を購入、再出発
07 トルヴァイアニカ先
7000

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