自転車世界一周の旅/第23話 中米危険地帯~エルサルバドルからホンジュラスへ
九月十八日、僕は隣国エルサルバドルへ向かう国際バスに乗った。自転車を買い直して南米を目指す勇気は失せていたが、かといってこのまま帰国する覚悟もなかった。
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グアテマラ共和国 (Republic of Guatemala) |
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エルサルバドル共和国 (Republic of El Salvador) |
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【グアテマラ→エルサルバドル/国境にて】
国境では、すかさず両替屋が集まってきた。交換率を尋ねると一コロン=一・一二ケツァールだと言い、これはわりと適正に思えた。ところが僕の手持ち二十七ケツァール(約三百八十円)に対し、両替屋のおやじが叩いた電卓の数字は、なんと十六コロン(約二百二十円)。そんなわけはないだろうと思って、僕は彼の電卓を奪い取り、自分で叩いたのだが、やっぱり同じ答になった。
「十六コロンだ。間違いない」
おやじは自信たっぷりに言った。どうやら関数電卓に答を小さくするインチキが仕込まれているらしい。日本人の暗算能力を甘く見ているのだろう。僕はうんざりした。
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【エルサルバドル/乗っていたバスがパンク】
さらに国境から首都サンサルバドルに向かう道。バスの後輪がパンクし、三十分ほど立ち往生した。故障は仕方のないことであるが、僕が恐れたのは夕暮れだった。乗客全員が前の方に座るように指示され、ようやく出発となったが、窓越しに流れる熱帯の風景を眺めながら、僕は(早く着いてくれ!)と願った。
サンサルバドルは中米でも最も治安が悪いといわれていた。グアテマラシティで強盗にやられた僕が、ここで再び同じような目に遭ったら、もう完全に旅は終わりだ。
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【エルサルバドル/サンサルバドルのバスターミナル】
サンサルバドルのバスターミナルに着いたのは十七時半。泊まる予定の宿は歩いていける近い距離だったが、僕はザックを背負って小走りになった。逢魔が刻。暗くなり始めた街は人通りが少なく、わずかな道のりがとても長く思えた。
宿の入口を見つけて駆け込み、優しそうな老夫婦が出てきてほっとした。案内された部屋の鍵は壊れていたが、おじいさんは「大丈夫だ」と言った。信用ができないわけではなかったが、僕は自前の南京錠をどうにか工夫して、施錠した。
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【エルサルバドル/ホヤ・デ・セレン遺跡】
翌日、貴重品を部屋のベッドに隠し、わずかの現金をポケットに突っ込み、カメラはゴミ袋の中に入れて腹に抱き、アラスカ以来のボロボロのTシャツを着て、僕は旧市街へと繰り出した。一度痛い目に遭ったにもかかわらず、危険な旧市街に出かけていくのは狂気の沙汰かもしれない。しかしそれは、僕の中に辛うじて残った、旅を続けたいというわずかな意地だった。もしここで逃げるくらいなら、もう日本に帰るしかないだろう。
真新しく派手な壁画の外観が印象的なカテドラル。主だった店先には、必ず銃を携えて立っている警官の多さ。「VIVA OSAMA BIN LADIN」と落書きされたコンクリートの壁。人も物もぎっしりと、路地を埋め尽くすように並ぶ屋台。
びっくりしたのは、混雑した市場を歩いていたときに、突然滑らかな日本語の声が聞こえてきたことだった。なんだろうと思って音の源を探すと、CDレンズクリーナーの説明の声であった。
エルサルバドルの旧市街は思ったよりも活気があり、物資も豊富で人通りに溢れていた。
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【エルサルバドル/サンサルバドル中心部】
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ホンジュラス共和国 (Republic of Honduras) |
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【エルサルバドル→ホンジュラス/国境にて】
エルサルバドルからホンジュラスへは、北部の小さな国境を越えた。バスは直通ではなく、目的地のコパンルイナスまで二度乗り換えねばならなかった。国境で両替したレンピーラが足りなくなり、僕は最後のバス代を一ドル札で支払った。こんなとき頼りになるのは、クレジットカードでもトラベラーズチェックでもなく、米ドルの現金だった。
翌日、僕は熱を出した。もともと僕はさほど身体が強いほうではない。移動続きで寒暖の差にさらされ、心労もあり、疲れが噴出したのかもしれなかった。
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【ホンジュラス/コパン遺跡】
コパンはステラと呼ばれる石碑が多く残っていることで有名なマヤ遺跡であるが、体調が優れないとせっかくの遺跡観光も気怠かった。足を運ぶだけは運んだが、メモなどとる気もおこらず、ぼんやりとマヤ文字の彫られた階段など眺め、昼頃には宿に帰ってきてしまった。
やる気がしなかった。
五畳ほどの部屋にベッドが二つ。斜めに傾いた天井の真ん中に、裸電球が吊り下がっていた。片方のベッドを荷物置場にし、僕はもう一方に寝転んだ。部屋の中に干した洗濯物が目の前にぶら下がり、湿った臭いがした。
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【ホンジュラス/第二の都市サンペドロスーラ】
エルサルバドルを無事に切り抜けて、少し取り戻した旅の自信が、あっという間になくなっていた。熱のせいか、僕はまた弱気になった。
こんな苦しい旅は終わりにして、もう日本に帰ろうか。当初二百万円用意していた予算は、まだ大半が残っていたから、日本で別の使い道を考えようか。あるいはヨーロッパにでも飛ぶか。
そんな思いが、再び頭の中をぐるぐると駆け巡った。
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【ホンジュラス/首都テグシガルパ】
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【ホンジュラス/首都テグシガルパ】
出発から6940キロ(40000キロまで、あと33060キロ)
年 | 月 | 日 | 国 | できごと | 距離 |
2001 | 05 | 26 | 日本 | 旅立ち 空路アラスカへ | |
27 | アメリカ | アンカレジにて自転車購入 | 0 |
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07 | カナダ | 自転車にて入国(ビーバークリーク) | |||
14 | アメリカ | 自転車にて再入国(スキャグウェイ) | |||
22 | 船にてアメリカ本土上陸 | ||||
16 | サンタモニカ手前 | 4000 |
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20 | メキシコ | 自転車にて入国(ティファナ) | |||
08 | 05 | トゥーラ手前 | 5000 |
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06 | メキシコシティ到着 | ||||
24 | チチェンイツァ先 | 6000 |
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29 | ベリーズ | 自転車にて入国(オレンジ・ウオーク) | |||
09 | 02 | グアテマラ | 自転車にて入国(サンタ・エレーナ) | ||
04 | 強盗事件発生 自転車を失う | 6940 |
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18 | エルサルバドル | バスにて入国(サンサルバドル) | |||
20 | ホンジュラス | バスにて入国(コパンルイナス) |