★ふねしゅーの【旅】を極めるサイト★

タイトルロゴ



自転車世界一周の旅/第20話 午前四時、グアテマラシティの悲劇


 不気味な笑い声のような幻聴と、震えていうことをきかない自分の右腕の光景が、はっきりと脳裡に焼き付いている。

 サンタ・エレーナからの夜行バスは予期していたよりも早く、まだ暗い午前四時過ぎのグアテマラシティに着いた。あとから思うと、ターミナルの中でじっと夜明けを待つべきだったのだろう。僕はバスターミナルの隣、二十四時間営業の売店の前で、自転車を組み立て始めた。自転車を組み立て終えてから、ひと休みし、明るくなるのを待って、移動すればいい、そう考えていた。

 グアテマラ共和国
(Republic of Guatemala)

 夜の通りに売店やホテルのネオンがいくつか散らばり、客引きに忙しいタクシーの運転手たちや、売店で飲み物などを求める人、そしてたしかに、ただふらふらとしているような人たちもいた。

 僕は売店の明かりの前で、荷物に注意し、周りに神経を張りながら、自転車を組み立てた。作業が一段落し、サンタ・エレーナで買い込んでいたパンとオレンジジュースで一服しようと、ビニール袋に手を伸ばそうとしたそのときだったと思う。売店側、道路とは逆の建物の側を向いていた僕の後頭部に、鈍い衝撃が走り、火花が目の前で散った。

 刹那、奇妙な高笑いが聞こえた。本当にそんな笑い声を聞いたのか、幻聴だったのか、それは分からないが、そのおぞましいばかりに気味の悪い笑い声を、僕はこの先もずっと覚えているだろう。数瞬おいて「やられた」ことを朧気に認識しながら、僕は振り向き、「なにすんだよ!」と日本語で叫んだ。

 極度の貧血状態のように、目の前は真っ暗で景色はおぼろ。視覚の定まらない中、向こうに逃げていくような人影と、まるで自分のものではないかのように震えて自由にならない自分の右腕を見た。

 もし倒れて完全に意識を失っていたら、全てを盗られていたかもしれず、逆にもう少し平気で下手な反撃をしていたら、さらに殴られていたのかもしれず、結局のところ相手の人数も、何の凶器で殴られたのかも分からなかった。

 大きなザックの無事を確認し、小さなザックの無事を確認し、腰のウエストポーチとズボンの下に隠していた貴重品入れの無事を確認し、ああよかったと一息つこうとして、何か大事なものを失っていることに気づいた。

 アラスカからグアテマラまで三ヶ月半、行動を常に共にしてきた自転車、この旅の遂行において最も重要な自転車、その自転車がなくなっていた!

グアテマラ/グアテマラシティ
【グアテマラ/グアテマラシティ】

 周りは決して無人ではなかった。売店の店員も、立ってただこちらを見ている何人かの人たちも、冷ややかかつ無関心な表情で、その事実がまた、僕の心臓を冷たく掴んだ。

 実は一人、怪しいと後になって疑っている人物がいる。自称ロシア人で、英語を話し、この国の人間は危険だから気をつけろと、自転車を組み立てている途中の僕に話しかけてきた男だった。もちろん僕は多少の警戒心を持って会話を受け流していたのだが、この自転車はいくらだと訊かれ、本来の値段よりもかなり安めに、それでもこの国の物価にしたら相当な額を、答えたことを覚えている。

 自称ロシア人のその男は、僕がやられたそのあとに、またひょっこり現れ、「ほら見ろ、だから危ないって言っただろう、俺はこの国の奴らが大嫌いなんだ」などと言い、錯乱気味の僕をバスターミナル内に連れ、頭の止血のためにちり紙を差し出してくれたり、受付の電話で病院を探してくれたりした。本当に親切だったのか、それとも裏で強盗の糸を引いていたのか、それは永遠に分からない。

 ただはっきりしていることは、僕は強盗に遭ってしまったということ、そして、自転車を盗まれたこと。そのどうしようもない現実だった。

*   *   *

 強盗事件から数日間。僕はどのように日々を過ごしたのか、ほとんど覚えていない。知人の友人に青年海外協力隊としてグアテマラに住んでいる人がいて、その下宿先にお世話になる予定があったのだが、ともかくもそこまで自力で辿り着き、あとは死んだような数日を過ごしていたのだと思う。

 下宿先のおばさんは親切だったが、協力隊の女性隊員からは、暗に無謀な旅行をしているのが悪いのだとなじられ、言い返す気力もない僕は、少なくなった荷物をまとめて出ることにした。

グアテマラ/グアテマラシティ
【グアテマラ/グアテマラシティ】

出発から6940キロ(40000キロまで、あと33060キロ)

できごと 距離
2001 05 26 日本 旅立ち 空路アラスカへ
27 アメリカ アンカレジにて自転車購入
0
06 05 フェアバンクス~デルタジャンクション間
1000
07 カナダ 自転車にて入国(ビーバークリーク)
14 アメリカ 自転車にて再入国(スキャグウェイ)
18 ジュノー市内
2000
22 船にてアメリカ本土上陸
07 01 ベア湖~ローガン間
3000
16 サンタモニカ手前
4000
20 メキシコ 自転車にて入国(ティファナ)
08 05 トゥーラ手前
5000
06 メキシコシティ到着
24 チチェンイツァ先
6000
29 ベリーズ 自転車にて入国(オレンジ・ウオーク)
09 02 グアテマラ 自転車にて入国(サンタ・エレーナ)
04 強盗事件発生 自転車を失う
6940

第19話 マヤ文明の至宝、密林の大遺跡ティカル <<

>> 第21話 古都アンティグアの憂鬱な日々



たびえもん

旅のチカラでみんなの夢をかなえる会社です

TEL:03-6914-8575
10時~17時半(日祝休)
https://tabiiku.org/

たびえもんロゴ

お問い合わせや旅行のご相談は、(株)たびえもんのサイトにて受付いたします。

素顔ジャパンプロジェクト

いつまでマスク? なぜ顔を隠し続けるの? みんなの笑顔が見える社会を取り戻そう

海外旅行で子供は育つ!

↓本を出しました↓

★全国の書店で、発売中★