自転車世界一周の旅/第18話 カリブの黒人国家ベリーズ
「ベリーズなんて国、普通の日本人はその存在を知りませんよ」
カンクンの日本人宿で言った僕の言葉に、経営者のおじさんが大笑いしていた。正直なところ僕自身、そんな国が中米にあることを、この旅に出るまで知らなかった。
小国ベリーズはカリブの沿岸、メキシコとグアテマラに挟まれるようにして存在する。一九八一年までイギリスの植民地だったところであり、スペイン語圏の中米にあって唯一英語が公用語とされる国である。
メキシコ合衆国 (United Mexican States) |
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ベリーズ (Belize) |
【メキシコ→ベリーズ/カリブの小国ベリーズへ】
八月二十九日、そのベリーズに入国した。
「この自転車いくらするの。売るつもりじゃないでしょうね」
国境で女性係官がぶっきらぼうに訊いてきた。
数キロでコロザルという最初の町に着いた。まずは銀行を探し、両替を済ませる。最高額の百ベリーズドル札(約六千三百円)は貴重品入れに隠し、残りの小額紙幣と硬貨は短パンのポケットにねじ込んだ。メキシコシティで財布を盗まれて以来、僕は代わりの財布を買っていなかった。現地の貧しい人はみなポケットに直接小銭を入れているし、それに倣ったほうが安全だろうと考えたのだ。
その日は四十キロほどを走り、オレンジ・ウォークという町に泊まった。交差点に時計塔が建ち、低層の建物が集まっていた。小道を入ったところで、すぐに宿が見つかった。
【ベリーズ/オレンジウォーク】
【ベリーズ/幹線道路にて】
翌日、ベリーズ最大の都市ベリーズシティに到着した。といっても人口わずか七万、実にこぢんまりとした町である。
ベリーズシティは町の真ん中を流れる川で二分され、スイング橋と呼ばれる小さな橋の北側には郵便局や市役所や図書館があり、南側には市場や銀行、電話局やスーパーなどが並んでいた。海に面しては、十九世紀に建てられたという英国時代の総督官邸が博物館として残されていた。
商店は入口に鉄格子がはめられ、客は店内に立ち入ることができなかった。ちょうど薬屋でカウンター越しに注文して奥から品物を取ってもらうように、パンでもジュースでも、店の人に欲しいものを告げて取ってもらう方式になっていた。商品を手に取って選べない不自由さは、しかし泥棒を防ぐためのこの国の常識なのだろう。レストランも窓がスモークガラスになっており、外から中の雰囲気を窺い知ることはできなかった。
町を歩いている人は黒人が多い。メキシコでは白人とアステカ・マヤ系先住民の混血メスティソが多数を占めたが、ベリーズの町を行き交う人々の先祖はアフリカだ。そのうち白人との混血をクレオールと呼び、カリブ系先住民との混血をガリフナと呼ぶらしい。
【ベリーズ/ベリーズシティ中心部】
一方で、漢字の看板を掲げた商店が何軒かあった。ベリーズは、世界的には数少ない台湾との国交がある国なのだ。様々な人種が入り混じって、この小さな国を形成していた。
アメリカやメキシコでは屋外の飲酒を禁じる法律があり、ほとんどそういう光景を見かけることはなかったが、ベリーズシティでは、昼間から国産ビールのベリキンを飲んでふらついたり、座り込んだりしている所在なげな黒人たちの姿を多く見かけた。
メキシコはOECDに加盟しているから一応先進国なんだと、ペンションアミーゴで会ったニイさんが教えてくれたが、ベリーズまで来るとその言葉が実感できた。英語が通じるということでほっとできる反面、逆にどこか殺伐とした、これまでとは明らかに異なる空気の粘りがあった。
「マリファナはいらないか」
ぼそっと話しかけてくる奴がいた。
夕方、スイング橋が回転するところにちょうど出くわした。船の通行のため、橋が川と平行に九十度回転するのだ。橋の中央部にハンドルが取り付けられており、驚いたことに十人ほどの男たちが手動で、そのハンドルを回して橋を回転させていた。 その様子をひとしきり眺めたあと、僕は宿に戻った。同じ宿には白人の旅行者が何人かいた。英語が通じることもあってか、ダイビングや国立公園の自然を楽しみに来る観光客が、案外多いようだった。
簡素な部屋には、お世辞にもきれいとはいえないベッドが一つ、天井にはからから音をたてて回るファンが付いていた。Tシャツ一枚で寝転び、ぼんやりとぬるい風を顔に受けていると、日本を遠く離れてこんなところにいる自分が、とても不思議に思えた。
【ベリーズ/首都ベルモパン】
出発から6702キロ(40000キロまで、あと33298キロ)
年 | 月 | 日 | 国 | できごと | 距離 |
2001 | 05 | 26 | 日本 | 旅立ち 空路アラスカへ | |
27 | アメリカ | アンカレジにて自転車購入 | 0 |
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06 | 05 | フェアバンクス~デルタジャンクション間 | 1000 |
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07 | カナダ | 自転車にて入国(ビーバークリーク) | |||
14 | アメリカ | 自転車にて再入国(スキャグウェイ) | |||
18 | ジュノー市内 | 2000 |
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22 | 船にてアメリカ本土上陸 | ||||
07 | 01 | ベア湖~ローガン間 | 3000 |
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16 | サンタモニカ手前 | 4000 |
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20 | メキシコ | 自転車にて入国(ティファナ) | |||
08 | 05 | トゥーラ手前 | 5000 |
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06 | メキシコシティ到着 | ||||
24 | チチェンイツァ先 | 6000 |
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29 | ベリーズ | 自転車にて入国(オレンジ・ウオーク) |