自転車世界一周の旅/第13話 メキシコ中央高原~銀で栄えた植民都市
グアダラハラからはいよいよ、遅ればせながら僕のメキシコ自転車旅が始まった。ラパスで買った新しいタイヤに履き替え、メキシコ全土の道路地図も用意した。
アメリカでは内陸が酷暑、カリフォルニアの海沿いが温暖だったが、逆にメキシコでは海に突き出たバハカリフォルニア半島が暑く、標高の高い内陸が涼しい。眺望の開けた畑や牧場地帯は瑞々しく、緑が豊かだった。おおむね路肩もあって、意外と走りやすい高原の道が続いた。
メキシコ合衆国 (United Mexican States) |
【メキシコ/メキシコ中央高原の地方都市】
その日は百十一キロを走破し、街道沿いのヴァヘ・デ・グアダルーペという小さな村に着いた。幸い宿の看板はすぐに見つかった。階段を上がった二階に受付があった。
受付のおばさんは英語が全く通じない。表示されている料金表には、七十という数字(約九百八十円)と、八十という数字(約千百二十円)が並んでいて、僕には区別が分からなかった。とにもかくにも一人であること、一泊したいことを伝え、部屋を見せてもらった。
安いほうがシャワー・トイレ共同の部屋であると分かった。
【メキシコ/ヴァジェ・デ・グアダルーペ村】
翌日は午後になって雨に降られた。そのため走行速度が落ち、目的地のレオンまで三十キロを残し、途中で日没を迎えてしまった。
交通量の多い道であるし、疲れてもいるから、二時間はかかるだろう。近くにホテルのありそうな集落はなく、たまたま見つけたガソリンスタンドで、一晩泊めてもらえないかと頼んでみることにした。
【メキシコ/途中の町で食料調達】
「ドルミール」
僕は寝るという意味のスペイン語に、頭を横にして眠る仕草を交えて、ガソリンスタンドに勤める兄ちゃんたちに話しかけた。
若い従業員が、ついて来いと僕を建物の裏に手招きした。ガソリンスタンドは売店を併設していたが、その裏に倉庫なのか従業員用の休憩室なのか別棟があった。その一階の階段下の場所を空けてくれた。
寝袋を敷けば、充分寝られそうだった。僕は謝意を述べ、濡れた服をまず着替えた。
ガソリンスタンドの兄ちゃんたちは仕事が忙しいのか、店番から離れることができないのか、あまり僕にあれこれ話しかけてくることはなかった。でも、夕飯にとインスタントラーメンを買いに行くと、親切にお湯を準備してくれた。
メキシコに入国するまでは、英語も通じなくなるし、治安も良くないだろうし、どんな旅になるだろうかと少し心配もしていたが、人は明るく親切だし、カナダやアメリカと比べてもそんなに困難な旅ではないなと、僕の中に楽観的な自信が芽生え始めていた。
【メキシコ/街道沿いのガソリンスタンド】
翌日レオンを通過し、狭くくねった道をしばらく上がると、険しい丘に家並みが貼り付くグァナファトの町が見えた。
メキシコ中央高原にはスペインの建てた植民都市が多い。当時のメキシコは世界有数の銀の産出国であり、銀鉱山の多かったこの地方には、数々のヨーロッパ風の町が建設された。急峻な丘に抱かれて広がるグァナファトは、そんな植民諸都市の中でも、最も美しい町といわれていた。
自転車でこの町に入ってきた僕は、はじめ中心部へ通じる道がどこなのか分からず、道に迷った。歩いている人に方向を尋ね、地図を見せて現在地を示してもらおうとしても、あまり要領を得なかった。
正解は、照明の暗い二つのトンネルだった。町の外周道路からトンネルにつながる接続道路が、とても分かりにくい位置にあったのだ。トンネルを抜け、店が並び少し賑やかになったところで、道路は再び地下に潜る。平面方向だけでなく高さ方向にも迷路のように入り組んだ中世都市グァナファトは、古くからの地下水道を道路代わりに使用しているらしく、地上の石畳の道と、地下のトンネル道が、複雑に張り巡らされていた。
【メキシコ/グァナファト州に突入】
僕はグァナファトに二泊した。小さな町であり、観光は徒歩で充分だった。坂道の多い町のいたるところには、十六世紀以来の伝統を持つ、古き教会の尖塔がそびえていた。
町の全景を楽しむには、独立戦争時の英雄の名が冠せられたピピラの丘が最適だった。斜面にひしめく民家の間を縫うようにして階段の道を上っていくと、眺望を楽しむ観光客と、景色そっちのけで愛を囁き合う地元のカップルたちでいっぱいだった。
一方、町の中心部にある大聖堂カテドラルと周りの広場も、いつも大勢の人で賑わっていた。その中でもとりわけ混雑するのが夕方の涼しい時間帯であり、カテドラル前の階段は、足の踏み場もないくらいにたくさんの人々が腰かけ、憩いの場となっていた。
僕もその群衆に混じって座った。地図を広げ、今後の予定をぼんやりと考えた。
【メキシコ/広大な高原の景色】
出発から4719キロ(40000キロまで、あと35281キロ)
年 | 月 | 日 | 国 | できごと | 距離 |
2001 | 05 | 26 | 日本 | 旅立ち 空路アラスカへ | |
27 | アメリカ | アンカレジにて自転車購入 | 0 |
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06 | 05 | フェアバンクス~デルタジャンクション間 | 1000 |
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07 | カナダ | 自転車にて入国(ビーバークリーク) | |||
14 | アメリカ | 自転車にて再入国(スキャグウェイ) | |||
18 | ジュノー市内 | 2000 |
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22 | 船にてアメリカ本土上陸 | ||||
07 | 01 | ベア湖~ローガン間 | 3000 |
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16 | サンタモニカ手前 | 4000 |
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20 | メキシコ | 自転車にて入国(ティファナ) | |||
08 | 05 | トゥーラ手前 | 5000 |