自転車世界一周の旅/第11話 欲望と異文化が交錯するメキシコ国境
七月二十日の午前九時、僕は国境を越えた。
メキシコだ。
メキシコ側国境の町ティファナへは、七十二時間以内の特例で、入国審査なしに訪れることができる。ざっとあたりを見回す限り、僕以外のほとんど全員が素通りだった。僕はわざわざ係員に尋ね、ツーリストカードを入手、二十一ドルの税金を支払い、パスポートに入国印を貰った。面倒な質問は一切なかった。
アメリカ合衆国 (United States of America) |
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メキシコ合衆国 (United Mexican States) |
国境上には太陽を模したような碑が建てられていた。そこを抜けると、まず土産物屋が建ち並ぶやかましい広場があった。客引きの兄ちゃんたちが、自転車を押して歩く僕の姿を見とめ、声をあげた。
「トモダチ、チョットマテ」
「ミルダケタダ」
「ホトンドタダ」
スロープを上っていくと歩道橋に出た。歩行者専用の橋が川に架かっていた。アクセサリーなどを売る露店が並び、物乞いもいて混み合っていた。きれいな恰好で歩いているのは、みな白人の観光客だ。
川の対岸に町が見えた。
ティファナの市街だ。鬱蒼と白や茶色のビルが建ち並び、ひときわ大きなメキシコの国旗が、風になびいて目立っていた。
いよいよなのだ。ここからが旅の本番なのだ。僕は身震いした。
目抜き通りのレボルシオン通りの近くに宿を見つけ、荷物を置いたあと、僕はぶらぶらと町を散策した。皮革製品や銀製品、アステカ風の置物などを売る土産物屋や、やかましいラテン音楽を響かせるレストランが軒を連ねていた。汚いなりをしていても日本人だと分かるのだろう、僕はまた客引きの標的になった。
「キムタク」
「アントニオイノキ!」
「チンコマ※コ」
いったい誰が教えたのか。卑猥な日本語を嬉しそうに連発してくる輩もいた。本気で商売しようというよりは、僕をからかって楽しんでいるだけのようでもあった。
大通りに面しては、立派なスーパーもあった。野菜や果物、加工食品から文房具まで、なんでも揃っていた。一ペソが約十四円であり、僕は店内を一巡りすることで、この国のおおよその物価を掴もうとした。
夕方になって、ベニスビーチの宿にいた女性、エリコさんとばったり再会した。同じ日に国境を越えてきていたのだ。
「チビマルコ!」
土産物屋の兄ちゃんにそう呼ばれ、小柄なエリコさんは憤慨していた。
「サーラリトシター、ウーメーシュー」
これまた誰が教えたのか、日本のCMソングを歌われたときには思わず腹を抱えた。
国境の町ティファナは雑然混沌としており、猥雑さと欲望と貧富の差と異文化と、とにかく色々なものがごたまぜになっていた。
【メキシコ/バハカリフォルニア半島南端のラパス】
メキシコ北部は砂漠地帯である。輪行することに決めていた僕は、エリコさんとラパス行きのバスに乗った。バハカリフォルニア半島を二十四時間かけて走る長距離バスだ。
あと三時間ほどでようやくラパスに着くという途中の町、僕たちは休憩時間の間にバスに乗り遅れるという失態をやらかした。エリコさんはトイレに行っており、僕は建物の中にいた。外へ出てみるとバスの姿がなかった。
貴重品こそ身に付けていたものの、あとの荷物は全てバスの中だった。二人のザックも、僕の自転車もだ。頭が真っ白になった。
次のバスを捕まえ、後を追うしかない。英語はほとんど通じず、エリコさんの持っていたスペイン語会話集を唯一の頼りとした。
「ラパス、行く、バス、何時?」
係のお姉さんにまくしたてた。こんなところで荷物を全部なくしたら、本当に間抜けだ。僕は気が気ではなく、そのわりにのんびりしているエリコさんと口論になった。
ラパスまでの道のりはいっそう荒涼とし、窓越しの大地には、巨大なフォークを突き刺したような形のサボテンが並んでいた。
やがてラパスに到着した。僕らが最初に乗っていたバスの姿は見えなかった。バス会社によってバスターミナルの場所が違ったりするのだろうか。そうしたらスペイン語でなんと尋ねればいいのだろう。
そんなことを考えながらバスから降りた僕のすぐ目の前に、見慣れた青い輪行袋と、エリコさんの赤いザックが見えた。バス会社のおじさんたちが、来た来たという表情で僕らを迎えていた。荷物は全て無事だった。
夕方であるが、湿気を含んだラパスの空気はむわっと暑かった。
【メキシコ/ラパスにてスコール】
出発から4359キロ(40000キロまで、あと35641キロ)
年 | 月 | 日 | 国 | できごと | 距離 |
2001 | 05 | 26 | 日本 | 旅立ち 空路アラスカへ | |
27 | アメリカ | アンカレジにて自転車購入 | 0 |
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06 | 05 | フェアバンクス~デルタジャンクション間 | 1000 |
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07 | カナダ | 自転車にて入国(ビーバークリーク) | |||
14 | アメリカ | 自転車にて再入国(スキャグウェイ) | |||
18 | ジュノー市内 | 2000 |
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22 | 船にてアメリカ本土上陸 | ||||
07 | 01 | ベア湖~ローガン間 | 3000 |
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16 | サンタモニカ手前 | 4000 |
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20 | メキシコ | 自転車にて入国(ティファナ) |