自転車世界一周の旅/第9話 カリフォルニア南下~自転車野郎は共に往く
内陸の暑さに根負けした僕は、サンフランシスコに住んでいた知人からの誘いを渡りに船に、再び太平洋岸にやって来た。サンフランシスコの気温は摂氏二十度前後、地理的にはソルトレイクシティより南であるのに、その涼しさが不思議に思えた。
【アメリカ/サンフランシスコの地下鉄】
五日間の休養を経て、僕はまた自転車に乗った。目指すはロサンゼルス、そしてその先のメキシコである。
【アメリカ/サンフランシスコ市街】
【アメリカ/ゴールデンゲートブリッジ】
サンフランシスコを発って三日目、ピスモという町のキャンプ場で、僕は一人のチャリダーと出会った。シカゴ在住の温和そうな彼はデリクといった。
「日本に住んでいたことがあるんだ。オオサカ」
二年間中学校で英語教師をしていたそうだ。方面が同じだったので、僕たちは一緒に走ることにした。
「行キマショウカ」
デリクはときおり片言の日本語を話した。
あまり走らないと言っていたわりに、デリクの走りは速かった。荷物は彼のほうが軽く、自転車のタイヤも細かった。だから上り坂ではたいてい僕がおいていかれた。
デリクはバイシクルマップという自転車旅行専用の地図を持っていた。これが便利な代物で、カリフォルニアを縦断するために走るべき道を、赤い線で示してくれていた。
日本では基本的に、一般国道は自転車可であり、高速道路は不可だ。それに対しアメリカではその区別が曖昧で、同じハイウェイであっても、途中までは市街地で歩行者も歩いているのに、ある地点から突然自動車専用の標識が現れ、迂回を余儀なくされるということが、しばしばあった。半ば確信犯的に峠越えのハイウェイを走っていたら、後ろから白バイに呼び止められ、「ここは走っちゃダメだ」と叱られたこともあった。
「その地図、どこで売っているんだい」
僕はデリクに尋ねた。本屋でいくら探しても、彼が持っているような地図は見当たらなかったからだ。
【アメリカ/浜辺で野宿】
【アメリカ/カリフォルニア北部の道】
「本屋には売ってないよ。特別に取り寄せるんだ」
デリクによると、専門の自転車協会とやらが発行しているらしく、キャンプ場や自転車屋などの関連情報も充実していた。
ただ僕は少し疑問を感じた。そのバイシクルマップがあまりに過保護だったからだ。ここで州道一〇一号に入れとか、ここからハーバーブロードウェイを進めというように、サンディエゴまでの進路が逐一細かく指示されていた。
自分で地図を見て、どの道を辿ろうか考えるのが、鉄道やバスの旅と大きく異なる、自転車ならではの醍醐味である。逆に地図に指示されて、「こっちに進め、次はこっちだ」なんて、本末転倒ではないか。
とはいえ、道に迷う心配がなくなったのはありがたかった。自転車の一人旅なんて基本的に孤独である。体力との勝負であると同時に、毎日が寂しさとの戦いでもある。話し相手がいるというのは、それだけで楽しかった。
休憩はたいがい郊外型のスーパーマーケットでとった。デリクは心配症なところがあって、互いの自転車を二重に錠した上で、なおかつ一方が見張りにつくことを主張した。つまり彼が買い物している間は、僕は店の外で自転車と荷物の見張り番というわけだ。
「一人のときはどうしていたんだい?」
「急いで買い物していたさ」
デリクは平然と微笑んだ。
【アメリカ/太平洋を望む急峻な道】
【アメリカ/自転車野郎は共に往く】
風が吹いていた。向きがしょっちゅう変わるいたずらな風だった。
「フォローウインドは好きだけど、アゲンストウインドは嫌いだな」
追い風は好きだけど向かい風は嫌いだと、そんな当たり前のことを、僕は直訳の英語で言った。するとデリクはやんわりと答えた。
「向かってくる風は、頭にぶつかるからヘッドウインドというんだ。追ってくる風は、お尻を押してくれるからテイルウインドだ」
元英語教師らしい返答だった。
二人が相次いでパンクしたこともあった。海沿いの道、アメリカの道としては珍しく、トンネルが連続する道だった。路肩は充分に広く走りやすい道だったが、まずデリクがパンクし、修理を終えてようやく走行再開と思ったら、五分と進まないうちに今度は僕がパンクしてしまったのだ。
「また、こいつだよ」
僕はタイヤに突き刺さっていた植物の刺を取り上げた。先程デリクのタイヤをパンクさせたのも、同じ刺が原因だった。
僕たちは顔を見合わせ、笑い合った。
右手を見やると、夕陽がまもなく太平洋に沈もうとしていた。
「この先にキャンプ場があるよ」
デリクが急かすふうでもなく、のんびりと言った。
【アメリカ/カリフォルニアの田舎町】
【アメリカ/郊外型スーパーで休憩】
出発から3861キロ(40000キロまで、あと36139キロ)
年 | 月 | 日 | 国 | できごと | 距離 |
2001 | 05 | 26 | 日本 | 旅立ち 空路アラスカへ | |
27 | アメリカ | アンカレジにて自転車購入 | 0 |
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31 | デナリ国立公園を走る | ||||
06 | 05 | フェアバンクス~デルタジャンクション間 | 1000 |
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07 | カナダ | 自転車にて入国(ビーバークリーク) | |||
14 | アメリカ | 自転車にて再入国(スキャグウェイ) | |||
18 | ジュノー市内 | 2000 |
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22 | 船にてアメリカ本土上陸 | ||||
07 | 01 | ベア湖~ローガン間 | 3000 |