自転車世界一周の旅/第8話 華氏百度のアメリカ中西部
イエローストーンに南接したグランドテイトン国立公園を駆け抜ける。風の強さが難点だったが、四千メートル級の山並みが鮮やかな眺めだった。
グランドテイトンを過ぎると、しばらくは田舎道が続く。ワイオミング州からアイダホ州に至る峠道。日陰はなく、陽射しは強烈だった。ペットボトル二本分の水が、半日ももたずに空になっていく。
ようやく峠を越え、坂道を下る途中、僕は向こうから走ってくるチャリダーに出会った。その肌の色から最初日本人かと思ったが、そうではなかった。褐色の肌をした彼はアレハンドロといい、スペイン語訛りの英語を話した。
【アメリカ/グランドテイトン国立公園】
「このあとどこまで行くんだい?」
「メキシコ。そのあと南米まで行くつもりだ」
僕が答えると、アレハンドロは途端に嬉しそうな表情になった。出身を尋ねると、アルゼンチンだと答えた。それも南米最南端の町であるウシュアイアに住んでいると言った。南米から中米を越え、ここまでずっと走ってきたのだ。
「南米を走るのに危険なことはないかな」
「そんなことはないさ。教会とか、あとは消防署なんかにも、ただで泊めてもらうことができるよ」
アレハンドロはにこにこと言った。
【アメリカ/アルゼンチン人チャリダーと】
「俺はこのあとカナダまで走るけど、十月には帰っているから、ウシュアイアまで来た暁には、ぜひうちに泊まっていきな」
「ぜひ、そうさせてもらうよ」
僕たちは住所やメールアドレスを交換した。がっちり握手をし、また別々の道を別れた。
(ウシュアイアか……)
僕は半年後を想像した。今日はちょうど六月の三十日、半年後が大晦日だった。
(南米最南端で年越しもいいな)
そう。このときは当然のようにそう考えていた。
【アメリカ/アイダホ州の田舎町にて】
【アメリカ/ユタ州北部の道】
七月二日、僕はユタ州の州都ソルトレイクシティに到着した。
暑かった。町の温度計は百度という数字を示していた。華氏百度というのは、摂氏でいうと三十七度を超える。太陽は容赦なく照りつけ、汗が止まらない。ソルトレイクに着いた僕は軽い熱射病でふらふらだった。とてもこんな町で、来年冬のオリンピックが開催されるとは信じ難い。
しかも辿り着いたユースホステルは冷房がなく、大型のファンが力なくクルクルと回っていて、まるで東南アジアの安宿のようだった。
同室にはドイツ人と韓国人の旅行者がいた。韓国人の彼は、このあとイエローストーンで仕事をするのだと言っていた。僕がそのイエローストーンから自転車で来たと言うと、この暑さで信じられないと驚いていた。
「来年のサッカーワールドカップ、君たちの国でやるんだろ。ぜひ見に行きたいね」
ドイツ人の彼の台詞に、僕と韓国人の彼は競うようにして、「うちの国に来なよ!」と答えた。
【アメリカ/ソルトレイクシティ】
ソルトレイクシティといえばモルモン教の総本山として有名である。市内にはモルモン教の教会や施設が建ち並び、博物館や映画といった設備が無料で開放されていた。もちろんそれは布教目的のものであると思われたが、なにせ冷房が効いていて涼しいのである。僕は暇つぶしがてらに訪れた。
映画館では、古代のアメリカ大陸にキリストが降臨したという設定で、メキシコのピラミッドに降り立つキリストと、教えを乞う先住民たちの姿が描かれていた。
日本人の若い女性二人組が、施設の案内をしてくれた。モルモン教のボランティアである。立派なコンサートホールの中で、音響設備がいかに優れているかについて説明してくれた。
「神様について考えたことがありますか?」
唐突にそんな質問をされ、僕は戸惑った。
しかし色々と話をしていると、ごく普通の女の子たちでもあった。イトーヨーカドーでアルバイトをしていたとか、ここは陽射しが強いから日焼けをしてしまって困るとか、そんなことを言って笑っていた。宣教活動は一切がボランティアで、アメリカへの渡航費も、ここでの生活費も、全てが自分持ちなのだという。はじめアメリカへ渡ってきたときは、やはり寂しかったそうだ。
僕が自転車旅行であることを言うと、彼女たちはまた真顔になって言った。
「こんな暑い中、自転車で旅行などしていたら、ふと神様について考えてしまうことなどありませんか?」
【アメリカ/ソルトレイクシティ周辺の塩湖】
出発から3202キロ(40000キロまで、あと36798キロ)
年 | 月 | 日 | 国 | できごと | 距離 |
2001 | 05 | 26 | 日本 | 旅立ち 空路アラスカへ | |
27 | アメリカ | アンカレジにて自転車購入 | 0 |
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31 | デナリ国立公園を走る | ||||
06 | 05 | フェアバンクス~デルタジャンクション間 | 1000 |
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07 | カナダ | 自転車にて入国(ビーバークリーク) | |||
14 | アメリカ | 自転車にて再入国(スキャグウェイ) | |||
18 | ジュノー市内 | 2000 |
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22 | 船にてアメリカ本土上陸 | ||||
07 | 01 | ベア湖~ローガン間 |