自転車世界一周の旅/第7話 最古の国立公園イエローストーンを走る
シアトルから僕は、長距離バスのグレイハウンドに乗った。この旅初めての輪行だ。輪行とは自転車を分解してバスや列車に乗せることであり、専用の輪行袋に入れる。そもそもは日本の競輪選手が編み出した方法であると聞いたことがあった。
シアトルを午後の七時二十分に発ち、翌日の昼過ぎにはイエローストーン国立公園の北の玄関口リビングストンに着く予定だった。
【アメリカ/長距離バス、グレイハウンドのターミナル】
途中ちょっとした事件があった。
明け方の六時頃。何度目かの停車で僕は起こされた。「バイシクル!」と係員が叫んでいた。「お前のことじゃないか」と周りの乗客が僕を指差した。寝ぼけ半分で聞くと、どうやら荷物が満杯でお前の自転車があぶれたから、次のバスに載せることにすると、そんな話だった。
次のバスとやらは、いちおう隣に停まっていた。しかし、今乗っているバスと、どのくらいの時間差でリビングストンに着くのか尋ねても、「知らん」とそっけない返事が返ってくるだけだった。
ようやく眠気が吹き飛んでくる。
僕は係員に食ってかかった。下手をすると、このまま自転車とはぐれてしまう可能性がある。いざリビングストンに到着して、自転車が現れなかったときに、こういうところの係員は何もしてくれない恐れがあった。
係員は困った顔をしたが、僕は譲らなかった。引いたら負けだ。片言の英語でもいい。間違った英語でもいいから主張するのだ。
抗議の結果、なんとか荷物を詰めてもらい、僕の自転車は元通り荷物室に収まった。
「やったな兄ちゃん。あんな奴はこうしてやりゃぁいいんだ」
近くの席に座っていたスキンヘッドの黒人が、係員に向かって中指を突き立てる仕草をした。無事にそのままバスが走り出した後には、僕のほうに振り返って親指を立ててグッドと合図をくれた。
【アメリカ/リビングストンからイエローストーンへ向かう道】
到着したリビングストンから、イエローストーン入口のガーディナーまでは九十キロあまり。上り坂だったが、強い追い風に助けられた。
ガーディナーのキャンプ場ではオランダ人カップルのチャリダーに出会った。二人は一年半をかけて、アフリカや南米を回ってきたのだと言った。アフリカの自転車旅行は問題ないだろうかと僕が尋ねると、彼らはアフリカよりも南米が大変だったと答えた。ただ西アフリカへ行くならフランス語ができたほうがいいと付け足した。僕は二人の話を聞きながら、まだ見ぬ未知の大陸に思いを馳せた。早くもっと南へ行きたいと思った。
【アメリカ/ガーディナーのキャンプ場】
イエローストーンは世界で最初の国立公園である。手に入れた園内の地図を頼りに8の字をした観光道路を、Sの字を反転させた方向に進むことにした。
道は完全に舗装されていたが、勾配がきつかった。最も高いダンラーベン峠は標高が二千七百メートルあり、荒涼としていたアラスカのデナリとは対照的に、緑の絨毯が敷き詰められたような広大な景色が続いた。ヘラジカやバイソンなど大型動物に出会うこともできた。
【アメリカ/イエローストーン北部の山容】
アラスカやカナダではずっと長袖での行動だったが、イエローストーン以来僕は半袖になった。自転車をこいでいると、上腕から肩にかけて、たちまち日焼けで痛くなった。
国立公園の中程に位置するノリスキャンプ場に一泊し、翌日は南半分、ガイザーカントリーと呼ばれる地区を走る。
山並みや峡谷の景観が中心だった前日と変わり、温泉地帯が続く。硫黄の臭いがどこか懐かしく、高々と噴き上げる間欠泉や煮えたぎるマグマの池を見て、思わず露天風呂の一つでもあればと考えてしまう。自転車生活を続けている間は、風呂はもちろん、シャワーを浴びることもままならない日々が続く。気軽に立ち寄れる温泉があればと、思う。
【アメリカ/一気の下り坂、時速は?】
アメリカのキャンプ場は設備的には整っており、環境もいいのだが、料金が高いという難点があった。テントサイトにつきいくらという仕組みになっており、一人旅でも、四人の家族旅行でも、自転車旅行でも、キャンピングカーでも、同額なところが多い。その点、この日利用したルイス湖畔のキャンプ場は、車用のサイトが十ドルであるのに対し、徒歩および自転車用は四ドルと安く、良心的で嬉しかった。
支払いはセルフ方式で、入口に封筒と箱があり、サインをしてお札を入れ、投函する仕組みになっている。知らんぷりしてテントを張ろうとしても、管理人がしっかり回ってきて徴収されるのでズルはできない。
昼間は暑かったが、夜になれば涼しい。風がそよぐ音を聞きながら、僕はすぐに眠りに落ちた。
【アメリカ/ガイザーカントリーの間欠泉】
出発から2621キロ(40000キロまで、あと37379キロ)
年 | 月 | 日 | 国 | できごと | 距離 |
2001 | 05 | 26 | 日本 | 旅立ち 空路アラスカへ | |
27 | アメリカ | アンカレジにて自転車購入 | 0 |
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31 | デナリ国立公園を走る | ||||
06 | 05 | フェアバンクス~デルタジャンクション間 | 1000 |
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07 | カナダ | 自転車にて入国(ビーバークリーク) | |||
14 | アメリカ | 自転車にて再入国(スキャグウェイ) | |||
18 | ジュノー市内 | 2000 |
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22 | 船にてアメリカ本土上陸 |