自転車世界一周の旅/第5話 アラスカ沿海地方~大自然だけではない極北の魅力
ホワイトホースから南下し、再びカナダとアラスカの国境を越える。峠道の国境は、六月も後半だというのに雪が残っていた。流れる川は半分凍っていて、まるで氷河のようにも見えた。
地図を見ると分かるが、アラスカ州はその南東部が海岸線に沿って髭のように伸びている。一方を氷河の山脈、一方を海によって隔てられた陸の孤島だ。
そして湾に面したスキャグウェイの町に着いた。先住民の言葉で「風の場所」という意味のこの町は、人口わずか八百人。しかしゴールドラッシュ当時は二万人が住んでいたという。西部劇に出てくるような古い町並みが残っていて、人口を遥かにしのぐと思われる数の観光客で混み合っていた。飛行機か船でしか行き着くことのできないアラスカの州都ジュノーへは、この町から高速船が発着していた。自転車は分解せず、そのまま載せることができた。
【カナダ→アラスカ/峠の国境】
アメリカ合衆国 (United States of America) |
人口三万人弱の行政都市ジュノーを経て、再び船に乗り古都シトカへ。アラスカにおいて古都というのは妙な感じがするが、シトカはロシア人が築いた町。ロシア軍がクリンケット族を制圧した古戦場や、アメリカに売却後、初めて星条旗が翻ったとされる城跡などが残されていた。シトカ富士と呼ばれる小ぶりな山が、海を挟んだ対岸に見えた。
アラスカの先住民は文化や言語から大きく四つに分類される。そのうち沿海地方に暮らしているのがクリンケット族と呼ばれる人々で、その生活は比較的都市化しているらしく、通りを歩いていると日本人にもよく似た東洋人の顔立ちを多く見かけた。
シェルドン・ジャクソン博物館という小さな博物館では、彼らの作ったお面や、笠や、籠のような入れ物などが並べられていた。その中には秋田のなまはげにそっくりな面もあり、奇妙なつながりを感じた。
アラスカがロシアからアメリカに売却されたとき、アメリカ世論は買収に大反対で、当時の国務長官は巨大な冷蔵庫を買った男として非難されたらしい。それが後に金鉱が発見され、冷戦時代には軍事的な要衝として評価されるようになるのだから、歴史は皮肉なものだが、いずれにせよ代々の土地を奪われたクリンケットの人々にとってみれば、勝手な話だろう。
【アラスカ/メンデンホール氷河】
【アラスカ/アラスカ州の州都ジュノー】
シトカからワシントン州ベリンハムまでは三泊四日の長い船旅。二日目にケチカンという町に寄港し、三時間ほど下船時間が与えられたほかは、ひたすら海上生活が続いた。
船内で僕は一人の男性と出会った。三年かけて世界を旅するのだと言う彼は、鷹の羽根がたくさんついた杖を持ち、何かの骨でできたような腕輪や首飾りを身に付けていた。僕らがイメージするアメリカインディアンのいでたちである。同じモンゴロイドの僕に親近感があったのか、彼は海賊の帽子のようなマスクをくれた。僕はお礼に折り鶴を渡した。
一日に何回か、船内の展望室で、アラスカの自然や文化についての講聴会が開かれた。語り手の女性はクリンケット族の血を引いているらしく、クリンケットには大きく分けて、ワシとワタリガラスという二つの氏族があるのだと説明してくれた。
「私の家はワシの氏族なの。ところが先日町を歩いていたら、後ろからカラスたちについてこられて困ったわ」
女性はそんな冗談を交えて、聴衆を笑わせていた。
【アラスカ/ロシア人が築いた町シトカ】
【アラスカ/沿海フェリーの船室にて】
まもなく日本を出て一ヶ月になる。最果ての地という印象からアラスカを出発地に選んだが、実のところ北米への興味は他大陸に比べて薄かった。かつ日本を出て間もない時期のほうが、逆に精神的には孤独感があって辛いだろうと予想していた。しかし特にホワイトホース以降、人との出会いを経て、大自然だけではない極北の地の魅力にも触れ、自分の中に旅のリズムが刻まれてきた感じがした。
僕は船室の座席に寝床を確保していたが、甲板にテントを張っている人もけっこうな数がいた。明日いよいよベリンハムに到着するという晩、僕は甲板に出てみて驚いた。
満天の星空が広がっていた。
旅の初日、アンカレジ空港で夜を明かしたとき、午前二時過ぎですでに明るかったことを思い出した。カナダとの国境を越えた夜、午後十一時の夕焼けを見たのが、つい昨日のことのように思えた。
ずいぶん南に来たのだなとしみじみ思った。
【アラスカ→アメリカ本土/フェリーの甲板にて】
出発から2112キロ(40000キロまで、あと37888キロ)
年 | 月 | 日 | 国 | できごと | 距離 |
2001 | 05 | 26 | 日本 | 旅立ち 空路アラスカへ | |
27 | アメリカ | アンカレジにて自転車購入 | 0 |
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31 | デナリ国立公園を走る | ||||
06 | 05 | フェアバンクス~デルタジャンクション間 | 1000 |
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07 | カナダ | 自転車にて入国(ビーバークリーク) | |||
14 | アメリカ | 自転車にて再入国(スキャグウェイ) | |||
18 | ジュノー市内 | 2000 |